第三十七章 ふたりの身体


【時】西暦2048年11月11日
【空】壮大寺御陵
【人】瞬示 真美 ホーリー サーチ ミリン ケンタ 五郎

   住職 リンメイ ミト Rv26 忍者 大僧正


***

 瞬示と真美が赤と黄色の光に満ちた壮大寺の境内に現れる。


「住職がいた寺と比べたら、ここは重々しいな」


 それは単に桜と紅葉の違いなのかもしれない。


「紅葉がきれいね。あっ、瞬ちゃん!」


 急に真美が瞬示の腕を引っぱって強烈な信号に変える。


【あの子!】
【サーチ……じゃない】
【似てるわ】
【白衣を着ている】

 

[242]

 

 

 真美がサーチに似た少女の心の中をのぞく。


【しきりに『お父さん、お母さん』って繰り返している。あっ、住職のところへ行くみたい。この近くに住職がいるんだわ!】


 瞬示も少女の心の中をのぞく。


【間違いない!あとをつけよう】


 少女が本堂裏側の白壁のすみっこにある小さな木の扉を押して向こう側に消える。瞬示と真美も扉を押して入ろうとするが鍵がかかっている。仕方なくまわりに人がいないことを確認してから壁の向こう側に瞬間移動しようとする。


【!】
【移動できないわ】


 ふたりは何度か瞬間移動を試みるが、金縛りにあったように身体が動かない。しかも目の前の白壁がいつの間にか黒壁に変わっている。真美が目眩を感じて倒れる。


【マミ!】


 瞬示も真美の横に倒れこむ。


***

【瞬ちゃん!】


 瞬示が目を開けると真美の心配そうな顔が飛びこんでくる。

 

[243]

 

 

【わたしたち、気を失ったみたい】
【ここは?】
【あの壁の向こう側よ】
【何かが立ちはだかっていたような感じがした】


 瞬示が立ちあがると服に付着した土を払う。


 紅葉が美しい深い木立の中を少女はどの方向に走り去ったのか、ふたりは慎重にまわりを見渡す。木々は乱雑に生えていて道がないように見えるが、少女がたどった道があるはずだと確信する。よく見ると薄暗い林の中に陽が落ちる直前に現れる燃えるようなオレンジ色の木漏れ日がところどころに見えて、その鮮やかな木漏れ日を結んでいくと曲がりくねったやわらかな曲線が浮かびあがる。


 瞬示が真美の手を引くとオレンジ色のイメージを送る。


【瞬間移動だ】


 今度は難なく瞬間移動する。


「瞬示、真美!」


 住職が腰を抜かさんばかりに驚いて急に目の前に現れたふたりの名前を泡を吹きながら呼ぶ。


「住職!」


 住職を呼んだのは瞬示と真美ではなく、ふたりの後ろにいる少女だった。その少女も急に現れたふたりの後ろ姿を見つめて立ちつくす。

 

[244]

 

 

「ミリン」


 住職が少女の名前を呼んだとき、瞬示と真美が住職の背後に黒い影を感知する。


【誰だ!】


 瞬示が強烈な信号を発すると、ただならぬふたりの顔色に住職が振り返る。住職には何も見えない。住職の後ろに黒い袈裟を身にまとった僧侶が瞬示と真美をにらみつけるように立っているが、その僧侶が壮大寺から失踪した大僧正だとふたりには知るよしもない。大僧正のきびしい視線が柔和なものに急変する。瞬示と真美は違和感を持ちながらじっと大僧正の視線を受けとめるが、同時にふたりの警戒心が洗いながされるように白紙に還元される。大僧正は満足した表情をするとそのまま庫裏の中の暗闇に溶けるように姿を消す。ふたりは我に返っていっしょに言葉を出す。

 

「ミリン?」


 そしてミリンと呼ばれた少女をしげしげとながめる。


 瞬示と真美を見つめたまま固まって動かなくなった住職にミリンが心配そうに近づく。ふたりは先ほどとは打って変わってサーチと瓜二つのミリンをまぶしそうに見つめる。


「住職」


 少女の呼び声に住職が我にかえると、しげしげと少女を見つめる瞬示と真美の心の中をのぞ

 

[245]

 

 

きこんだように応える。


「ホーリーとサーチの娘じゃ」


「えー」


 ふたりはまだミリンを見つめたままで、特に瞬示はミリンの美しさに魅了される。


【瞬ちゃん!】


 真美は瞬示の頭が破裂しそうなほどの強烈な信号を送る。思わず瞬示が両耳を押さえる。


「住職!早く連れて行って!お父さまたちのところへ」


 ミリンの声も真美の信号に負けないぐらい大きい。住職が両耳を押さえるような仕草をしてミリンにやさしく返事する。


「あわてなさんな。お父さんもお母さんも宇宙戦艦に戻っておる」


「よかった!」


 ミリンはこれ以上ないという満面の笑みを浮かべる。


「だから呼んだのじゃ。宇宙戦艦に向かうためにリンメイが時空間移動装置で待機しておる」


「住職、この方たちは?」


 ミリンがうれしそうな表情のまま瞬示と真美をふしぎそうに見つめる。


「お父さんとお母さんの大事な友人じゃ」


「そうだったの!ミリンと申します」

 

[246]

 

 

 ミリンが礼儀正しく深々と頭を下げる。


「ところで、瞬示、真美」


 真剣な表情で住職がふたりを直視する。


「あんたらは自由にあっちこっち移動できる瞬示と真美じゃな?」


「はー?」


 瞬示と真美が顔を見合わす。


【わかった。もう一組のぼくらかどうか確かめているんだ】


「今、この世界にも瞬示と真美がいるのじゃ。そのふたりはどうやら自由に移動はできないようなのじゃ。あんたらは急に目の前に現れたから、いわゆる本物じゃ。そうじゃろ」


 住職はふたりがうなずくのを見てフーッと息をはき出して心底安心して笑顔を見せる。


「いっしょにどうじゃ」


「驚かしてごめんなさい。もちろん、行くわ」


 真美が即答すると急にはしゃぎだす。


「時空間移動装置に乗るの、初めてだわ。ねえ、瞬ちゃん」


***

「本物の瞬示と真美を連れてきたぞ」


 宇宙戦艦の時空間移動装置の格納室に住職の大きな声がこだまする。

 

[247]

 

 

「瞬示!」


「真美!」


 ホーリーとサーチは我が娘より先にふたりの名前を大声で呼ぶ。ミリンが少しふてくされて背中の腰のあたりで手を組む。


「住職、なぜ先に知らせてくれなかったんだ」


「それは無理というもんじゃ」


「ついさっき会ったばかりなんですよ」


 リンメイが住職に替わって応えると、ホーリーは興奮を隠さない。


「やっぱり、二十二歳の誕生日に何かが起こると予想していたとおりだ」


 ホーリーがいつもの人なつこい表情で瞬示と真美に近づいて握手を求める。


「久しぶりだな。たっぷりと話を聞かせてもらいたいけれど、時間がない」


 ふたりは違和感なしに再び若くなったホーリーの温もりのある手を交互に握る。ホーリーの後ろからやはり若くなったサーチの手が伸びる。瞬示がサーチの手を握りながら住職の横にいるミリンと目の前のサーチを見比べる。サーチとミリンが双子のように見える。


{ミト、時空間移動装置格納室に来てくれ!瞬示と真美が住職といっしょだ。あの瞬示と真美じゃない。本物の瞬示と真美だ。やはり、何かが起きる!}


 ホーリーがミトに無言通信を送る。その通信に瞬示はサッと視線を真美に向ける。

 

[248]

 

 

【これが無言通信か】
【花子や一太郎もこれができるんでしょ】
【そりゃ、そうだろう】
【でも一度も聞かなかったわ】


 やっとホーリーとサーチがミリンを交互に抱きしめる。


「本当に心配したんだから」


 ミリンの声が泣き声に変わる。


「悪かった。許してくれ」


 ホーリーが両手の親指でミリンのホッペタを押さえる。


「瞬示!真美!」


 格納室の上方からミトが螺旋階段を降りながらふたりを確認すると途中で立ち止まる。


「ここではなんだ。作戦室に来てくれないか」


 ミトは瞬示と真美が大きくうなずくのを見て再び階段を上っていく。


「案内しよう」


 ホーリーが瞬示に顔を向けてからリンメイに近づく。


「リンメイに教えて欲しいことがある」


 小首を傾げるリンメイを無視してホーリーがミリンと並んで階段を上りかけているサーチに目配せする。

 

[249]

 

 

「そうなの。リンメイ、教えて欲しいことがあるの。御陵のことで」


「わかったわ」


 リンメイの顔が軽くケイレンする。サーチが螺旋階段の中段あたりから住職を見おろす。


「それに住職にもお聞きしたいことが山ほどあるのよ。明智光秀の時代の御陵でこんな言葉を聞きました」


 サーチが続けて言葉をつなぐ。


「子供が生まれる前に死んでいく」


「何万、何億、何兆と死んでいく」


「永遠に生きるために死んでいく」


「子供のいない永遠の世界」


「男女のいない永遠の世界」


 ホーリーのそばにいる瞬示と真美が驚く。住職がじっとサーチを見上げる。


***

 宇宙戦艦の作戦室でミトが瞬示と真美に簡単な質問をすると、ふたりも簡単に答える。


「気が付いたら地球に戻っていたの」


「この時代のもう一組のぼくらの二十二歳の誕生日を祝うために戻ってきたんじゃない」

 

[250]

 

 

 誰もが苦笑するだけで納得しない。特にホーリーが強い調子でふたりに迫る。


「偶然とでも言いたいのか!」


「そうとしか答えようがないわ」


 仕方なくミトが映像を使いながら自分たちがこの世界で経験してきたことを話しはじめる。


 説明が進むにつれ、瞬示と真美がまったく質問しないことに誰もが気付く。むしろミトたちの周辺に起きたことをほとんど知りつくしているような雰囲気を持つふたりに、ミトはもちろんホーリーやサーチや住職たちが驚く。すべてお見通しの雰囲気にミトが説明を中断してたずねると、はぐらかすような答えが返ってくる。


「実は古い友人に聞きました」


「古い友人?」


「そのうち、明かします」


 そんなふたりの応答の繰返しにうんざりしたサーチがリンメイに御陵のことをたずねる。


「古墳にはいろいろな形のものがあるの?」


「古墳が造りはじめられたときには正方形の土台の上に半球を載せたものだったわ。それがいつの時代か前の方を少し細長い台形にしてその後ろに半球の丘を配置した鍵穴のような形になったの。前方後円墳と呼ばれているものよ。でも、これは私たちの世界の話で、西暦の世界ではまったく違うの」

 

[251]

 

 

「私たち、方形の上に円墳が載っていた古墳が前方後円墳に変化するのを見たの」


「古墳が自ら動いたとでも?」


 リンメイが気色ばむとホーリーが付け加える。


「時代は明智光秀がほぼ天下を統一したころだった」


 リンメイは目を閉じて何かを考えるように瞑想する。


【ぼくらの世界とはぜんぜん違うな】
【でも、わたしたちも光秀に会ったわ】
【あのとき御陵の状況を確認したことはなかった】


 目を閉じたままのリンメイがすぐに発言しないと見て瞬示は手をあげる。


「ぼくらは古墳時代に前方後円墳が結構あちこちに造られたと教わったけれど」


「確かに瞬示の言うとおりだ」


 天井の浮遊透過スクリーンに御陵の近辺を上空から撮影した鮮明な写真が現れる。鍵穴の池になった御陵の周辺には大小様々な古墳があるがすべて前方後円墳だ。


「これはいつの時代の写真なんですか」


 瞬示が特に意識せずにミトにたずねる。


「つい先ほど撮影したものだ」


 やっとリンメイが目を開ける。

 

[252]

 

 

「サーチが見たように私たちの世界では古墳自体が移動して前方後円墳に変化した……」


 続きは心の中で叫ぶ。


――古墳が自らの意思で形を変える!何のために!


 そして声にする。


「でも、よくわからないの」


 誰もがリンメイの言葉に失望する。特にサーチがリンメイの言葉に歯切れの悪さを感じとる。


「リンメイにはわかっているんでしょ?想像でもいいから、教えて」


 サーチに続いてみんなが哀願するように次々と言葉を発する。瞬示がリンメイをボーッと見つめる真美をにらみつける。


【やめろ!】


 かろうじて真美がリンメイの心の中をのぞくのをやめる。


 リンメイが口のまわりまでシワだらけの顔を引きしめて浮遊透過スクリーンの前方後円墳のひとつを指差して静かにしゃべりだす。


「これだけは言えるわ。よく見て。前方後円墳は遮光器土偶の外形とそっくりだと思わない?」


 リンメイの言葉が終わると瞬示と真美の姿が消える。


***

 

[253]

 

 

 上空から瞬示と真美が腹這いの格好で陽の光を受けてキラキラと輝く堀の水と御陵を見つめる。確かにリンメイの言うとおり御陵の形は巨大土偶とそっくりだ。丸い頭と首から下はスカートのようなものをはく巨大土偶がそっくりそのまま御陵の中に仰向けに寝ていても不自然ではないような感覚を抱く。


 ふたりは御陵を透視する。徐々に巨大土偶が仰向けに寝ている輪郭が浮かびあがる。まばたきもせずにじっと透視を続ける。少しでも気をゆるめると巨大土偶の輪郭がぼやけてしまう。


ふたりは全神経を何度も何度も集中させる。疲れると少し休息して再びさらに強く全身の神経を集中させる。


【見えた!】


 瞬示がそう叫んだとたん、ふたりの視野から巨大土偶の鮮明な輪郭が一瞬にして消える。真美がまるでずぶ濡れになった犬のように首から下をぶるぶると震わせる。瞬示もケイレンしている。


【巨大土偶がいるわ】
【もう少しではっきりと見えたのに】


 瞬示が大きなあくびをする。ふたりは先ほどの透視で全エネルギーを使い果たして、身体をダラダラと降下させる。


【疲れた】

 

[254]

 

 

【瞬ちゃん、だるいわ】


 真美が目を閉じる。


【だめだ……眠っちゃ】


 瞬示のまぶたも閉じられる。ふたりはお互いを求めるように手を差し出す。降下速度が加速すると堀の水が急に波立つ。ふたりの両手が連結すると御陵から消える。ふたりは何とか瞬間移動した。


***

 宇宙戦艦の作戦室に戻ってきた瞬示と真美が折り重なるように倒れこむ。


「衰弱しているぞ」


「医務室に運べ!」


 ミトに命令されるでもなくRv26が瞬示を右手で、真美を左手で抱えあげると作戦室から出ようとする。


「待って!」


 リンメイが素早くRv26に近づくと、まず真美の手首を握って脈を取る。


「脈がない!」


 今度は瞬示の手首を取る。


「ない!」

 

[255]

 

 

 続いてリンメイがふたりの額に手をやる。


「熱い!急いで医務室へ」


 Rv26が瞬示と真美を抱えなおすと走りだす。そのあとを全員が追いかけていく。その中でサーチとミリンがRv26を追いこして全速力で医務室に向かう。


 Rv26がていねいにふたりをベッドに寝かすと、サーチがベッドを全身スキャナー装置の中に入れてスイッチを押す。ふたりの身体の内部が壁面のモニターに映しだされる。


「これは!」


 スキャンが続くモニターにサーチが、そして荒い息をしながら遅れて医務室に到着したリンメイが映像に釘付けになる。


「関節という関節にある薄いピンクの丸いものは何かしら?」


「わからない!」


 スキャンが終了して全身の透視立体画像が現れるとサーチとリンメイがいっしょに叫ぶ。


「人間の身体じゃないわ!」


 ミトやホーリーたちにもふたりの身体が人間とはまったく異なることは容易に理解できる。


骨格は素人目には人間と同じように見えるが、臓器がほとんど見あたらない。


 サーチが別のベッドに寝ころんで叫ぶ。


「ミリン!私をスキャンして」

 

[256]

 

 

 サーチを乗せたベッドが瞬示のベッドと入れ替わって全身スキャナー装置に入る。ミリンがサーチの言われたとおりにスキャンする。やがてサーチの全身の透視立体画像がモニターに現れる。サーチがベッドから降りるとモニターを見つめるリンメイの後ろに立つ。


「スキャナー装置は正常に作動しているわ」


 サーチはモニターに近づいて真美の脳と各関節に点在する薄いピンク色の丸いものを丹念に見比べる。


「脳が身体中のすべての関節に存在しているわ!」


 リンメイがサーチの断定的な分析に強くうなずいたとき、部屋のどこからか声がする。


「ソノトオリデス」


 全員その声のする方向に視線を移す。Rv26が低い声を出す。


「私ではありません。中央コンピュータです」


 Rv26の言葉は人間と変わらないほどに上達している。


***

 瞬示と真美はベッドの上でまったく動かない。しばらくしてふたりの身体がにわかにうっすらとピンク色に輝きだすと濃紺のジーンズが溶けるように消えはじめる。


「服が消える!」


 誰もがそう叫んだあと、息をひそめてふたりを見つめ続ける。

 

[257]

 

 

「まるで幼い少年と少女のよう」


 リンメイが枯れた声を出す。ふたりの身体の大きさは大人そのものだが、幼い少年、あるいは少女がそのまま成長したように見える。


「性器が成熟していないわ」


「いいえ、退化したのかもしれないわ」


 リンメイがサーチの見解を否定する。


 ふたりの頭部が輝きを増す。全身の関節という関節に存在する小さな脳が頭部の輝きに呼応するかのように明るくなる。全身がピンクから薄いオレンジ色を経て黄色へと変化する。しかし、ふたりの身体はまったく動かない。そのまま黄緑色になり、透き通るような緑色に変化する。


「電圧降下!電圧降下!」


 警報のあと医務室の照明が一斉に消える。暗闇の中でふたりの身体が蛍のようにうっすらと輝く。


「非常電源ニ切リカエマス」


 中央コンピュータの声が響く。全員が金縛りにあったように動けない。しかし、部屋は暗いままだ。


「Rv26!状況を把握しろ」

 

[258]

 

 

 ミトが闇の静けさを破るように叫ぶ。リンメイが突然震えだす。


「あのときと同じだわ!」


 興奮してガクガクと不規則に震えるリンメイの身体を住職が強く抱きしめる。


「リンメイ!落ち着くのじゃ」


「何か起こる!大変なことになるわ!」


 リンメイは気が狂ったような声をあげる。


 瞬示と真美の緑の輝きとRv26の耳の赤い点滅だけが部屋の中の唯一の明かりとなる。


「中央コンピュータ停止。エネルギーノスベテガ消滅シマス」


 これを最後に警報も停止する。補助灯はまったく点灯する気配がない。宇宙戦艦自体が何か大きな衝撃を受けたように一度大きく揺れる。全員が床に倒れると今度は浮きあがる。ホーリーが直感的に叫ぶ。


「急降下している!」


「見て!」


 サーチがホーリーの腕を取って何とか身体を支えながら叫ぶ。瞬示と真美の身体が緑色に輝いたまま宙に浮いている。ホーリーがふたりの姿を見ながら絶叫する。


「墜落するぞ」


 再び大きな振動が起こる。少し浮き気味の全員の身体が床にたたきつけられる。部屋の中の

 

[259]

 

 

照明が一斉に輝くとまぶしさのため誰もが思わず目を閉じる。再び目を開いたときには瞬示と真美の姿が見あたらない。


「消えた!」


 ミトが床に手をついて身体を起こすと額の汗をぬぐう。その横でリンメイが全身をケイレンさせて倒れている。さすがの住職もなすすべがない。


「中央コンピュータ作動開始」


「電圧正常。警報解除」


 誰ひとり声をあげる者はいない。モニターにはグレーのノイズが流れている。


「みんな、大丈夫か」


 ホーリーがやっと声をあげる。住職もひざまずいてリンメイに声をかける。


「大丈夫か?わしはあまり大丈夫じゃないが」


 リンメイが住職の顔に手を伸ばす。その指に長い髪の毛が一本まとわりついている。もちろん、住職の髪の毛ではない。


***

 宇宙戦艦が御陵のすぐ真上まで急降下したとき、堀を満たしていた緑色の水が一斉に緑から黄色に変化しながら舞いあがると集合して巨大な時間島になった。そして銀色の宇宙戦艦が黄色い時間島に一瞬にして包みこまれた。本来は瞬示と真美だけを包みこむはずだったが、余裕

 

[260]

 

 

を持った大きさまでふくらんで宇宙戦艦を完全に包みこんだ。そして宇宙戦艦は地表すれすれのところで急停止して墜落を免れた。


「本艦ハ時間島ノ中ニイマス」


 中央コンピュータの音声が医務室に流れる。すぐミトが医務室を出て艦橋に向かう。ホーリーや五郎、ケンタもミトのあとを追う。サーチは留まってミリンに指図する。


「住職を起こしてあげなさい」


 サーチはリンメイが立ちあがろうとするのを助ける。ミリンは住職に近づくが、その前にRv26が住職を起こす。


 サーチが注意深くリンメイと住職の様子を伺う。医務室を出ようとするRv26の背中にサーチが声をかける。


「Rv26、このモニターに艦橋のメイン浮遊透過スクリーンと同じ映像を映せますか」


「はい」


 Rv26はそう答えるとそのまま歩きだすが、しばらくすると医務室のモニターに戦艦の外側の映像が分割されて映しだされる。どの画面も緑一色だ。


「時間島は黄色なのに」


 サーチはRv26に同意を求めるように言葉を向けるが、Rv26はもういない。


「歩けるかしら」

 

[261]

 

 

「大丈夫よ」


 リンメイが言葉と裏腹な表情を見せる。


「今は興奮しているから痛みを感じないかもしれないけれど、かなりきつい打撲を受けているはずだわ」


 生命永遠保持手術を受けているサーチでさえ腰の強い痛みに顔をゆがめる。少々の衝撃を受けても物が散らばらないように格納されているはずなのに、薬品や医療器具が床に散乱している。サーチたちはお互いに助けあいながら医務室を出る。


***

「これは巨大土偶じゃないか」


 いつの間にか宇宙戦艦を包んでいた時間島が消えて、メイン浮遊透過スクリーンには仰向けの巨大土偶が映されている。


「真下から攻撃を受けたら、ひとたまりもないぞ」


「動く気配はないな」


「どうする」


 ミトはすぐに巨大土偶から離れることを選択する。


「上昇!」


「御陵の真上から巨大土偶の頭部の方へ三〇度ずらしながら高度二千メートルまで上昇」

 

[262]

 

 

 ミトは巨大土偶の目から発射されるかもしれない光線を意識する。しかし、巨大土偶は動く気配をまったく見せない。そこへサーチたちが艦橋に現れる。リンメイが痛みを感じさせない足取りでメイン浮遊透過スクリーンの真下に近づく。


「なぜ、ここにいるの」


 サブ浮遊透過スクリーンでは宇宙戦艦を見上げる人々の姿が間近に見える。それを見たミトが大声をあげる。


「高度二千メートルと言ったはずだぞ!」


 宇宙戦艦はまったくといっていいほど上昇していない。


「巨大土偶に引きよせられているんだ」


 ホーリーが叫ぶ。しかし、ミトはそうは思っていない。


{おかしい}


 ミトがホーリーに無言通信で送る。


「何が」


{無言通信を使え!}


 ミトは無言通信を送りながらホーリーをにらむ。


{操舵手の舵の取り方が変だ}
{どこが変なんだ}

 

[263]

 

 

{上昇しろと命令したのに舵は上を向いていない}


 確かに操舵手のアンドロイドが握るハンドルはどう見ても上には向いていない。


「上昇だ!」


 ミトが操舵手に近づいて再度命令する。しかし、アンドロイドは反応しない。


「Rv26、説明しろ!」


「ワタシが艦長として指揮をとります」


「なに!」


 そのとき、ミトたちに無言通信とは異なる強烈な信号が届く。


【みんな、Rv26の命令に従うんだ。従うふりをして時空間移動装置で脱出しろ!】


 それは無言通信に似せて送られてきた瞬示からの信号だった。ミトだけではなく全員に同じ信号が届く。ふたりが無事であるということを喜ぶ余裕などなく、誰の視線も統一性を失う。


【急いで!】


 今度は真美からだ。ミトはただならぬ様子を感じとるとホーリーに無言通信を送る。


{ホーリーにも届いただろ。瞬示の言うとおり、みんなを連れて脱出してくれ}
{ミトは?}
{ここに残る。Rv26の様子がおかしい。確かめる。アンドロイドに気付かれないように行動しろ}

 

[264]

 

 

 ホーリーはミトの気迫に押されて同意する。ミトは瞬示や真美からの次の信号を期待しながらRv26にできるだけ穏やかな声を出す。


「わかった、Rv26。それでどうするんだ。まさか巨大土偶を攻撃しようとでも?」


「そうです」


「えっ!」


 ミトはホーリーたちが艦橋を出ていくのを横目で見守りながら、できるだけ感情を押さえてRv26を直視する。


「御陵のまわりには人間があふれているし、少し離れたところには民家が建てこんでいる。それに上空には警察やテレビ局のヘリコプターが飛行している」


「関係ありません」


 さすがにミトは驚いて叫んでしまう。


「何だって!」


「中央コンピュータの命令です」


 巨大土偶の目が開く様子がメイン浮遊透過スクリーンに映る。Rv26がミトを無視して耳をしきりに点滅させる。


「Rv26は巨大土偶と戦ったことはあるのか」


 ミトが必死に食いさがる。

 

[265]

 

 

「アナタが巨大土偶と戦ったときのデータを持っています」


 斜めの体勢を取る宇宙戦艦のすべての主砲が御陵に向けられる。


「なぜ、攻撃するのだ」


「時間がロックされる危険性があるからです」


「ホーリーの報告によれば、時空間のロックは解除されている」


「それは承知しています。だから再びロックされる前に攻撃するのです。なぜ、皆さんはロックが解除されたときにこの世界から脱出しなかったのですか?」


 ミトがRv26の言葉にうろたえながらも反論する。


「どうしてロックが解除されたことを知っているんだ」


「ホーリーの時空間移動装置が関ヶ原から戻ってきたときにわかりました。それより先ほどの質問に答えてください。答えによっては今後の方針を変更しなければなりません。それにもう時間がありません」


 Rv26は無線でアンドロイドに命令を送りながらメイン浮遊透過スクリーンの右上の方を指差す。ミトが驚いて目をこらす。


「あれは」


 埴輪の鳥が二羽飛んでいる。


 宇宙戦艦の第一連装の三本の主砲が御陵に向かって極端に角度をつけると、二羽の埴輪の鳥から緑の光線が御陵の後円の中心に向かって発射される。

 

[266]

 

 

「左舷三十度まで傾斜。第一連装の主砲照準急げ!」


 明らかにRv26はあせっている。


「急げ!」


 宇宙戦艦は巨大土偶側に左舷を傾けたまま、砲塔を下げて御陵の後円部分、すなわち巨大土偶の頭部に照準を合わせる。と同時に主砲が火を吹く。


「離脱!」


 主砲の発射で宇宙戦艦が大きくゆらぐ。メイン浮遊透過スクリーンがチリに包まれたような茶色になる。


 ミトがよろめきながら腰のレーザー銃を握るとホーリーに無言通信を送る。


{ホーリー!}


 メイン浮遊透過スクリーンから巨大土偶の姿が消える。Rv26は宇宙戦艦の大きな揺れにバランスを崩すことなくミトに近づいて腰のホルダーに手をかける。


「もう時間がロックされることはありません」


 Rv26がミトのレーザー銃を取りあげて先ほどと同じ質問をする。


「あれほど自分たちの世界に戻ることを切望していたのに、なぜすぐにこの世界から時空間移動しなかったのですか」

 

[267]

 

 

 ミトが今度は即座に応える。


「あのふたりの謎を解くためだ」


「瞬示と真美のことですね。それほどまで大事なことなのですか。人間の考えることはよくわかりません。いずれにしても永久の世界へ時空間移動します」


{ホーリー!}


***

{ロックされている}


 ホーリーが一言だけミトに無言通信を送るとレーザー銃をドアの取っ手に向ける。


「ドアから離れろ」


 ホーリーがレーザー銃の引き金を引く。バチッという音とともに鋼鉄製のドアがあきらめたように開く。眼下の時空間移動装置格納室には数人のアンドロイドが震動で転がった時空間移動装置を基台に戻す作業をしている。しかし、ホーリーが格納室に入るとアンドロイドの耳が急に赤く点滅する。そしてライフルレーザーがかけてある壁に向かって走りだす。すぐさまホーリーとサーチがその壁に向かってレーザー銃を発射する。ホーリーが先頭になって螺旋階段を降りる。


「私たちはいいからホーリーたちだけでも逃げて」


「そうじゃ。年寄りは先に死ぬのじゃ」

 

[268]

 

 

「そうはいきませんよ。住職やリンメイに教えてもらわなければならないことが山ほどある」


 アンドロイドは武器を持たずに螺旋階段の下に集結する。


「時空間移動装置発進の準備をしろ」


 無駄を承知のうえでホーリーが階下のアンドロイドに命令する。予想したとおりアンドロイドはホーリーの言葉を無視して螺旋階段を上ってくる。


「人間の命令を無視するのか」


 ホーリーがレーザー銃の台座のボタンを押しながら階段を降りる。


「サーチ、五郎、集中側にシフトさせて撃て」


 拡散側でレーザーを発射すると足元の螺旋階段まで破壊する恐れがある。また時空間移動装置にもレーザー光線が当たる可能性がある。ホーリーが至近距離で発射した糸のように細いレーザー光線がついそこまできているアンドロイドの胸に命中すると鉛筆の芯ぐらいの小さな穴があく。アンドロイドがバランスを崩して倒れると後続のアンドロイドにまともにぶつかって将棋倒しのように転げ落ちる。


 ホーリーは螺旋階段の中途で飛びおりて、倒れたアンドロイドの胸部を次々とレーザー銃で撃ちぬく。そして螺旋階段を見上げて最後尾にいるケンタに叫ぶ。


「ケンタ!後ろだ」


 螺旋階段の最上段にライフルレーザーを持った数人のアンドロイドがいる。ケンタはミリン

 

[269]

 

 

をかばいながら振り向くと腰からホーリーが改造した電磁レーザー忍剣と同じ性能を持つ電磁レーザーナイフを抜いてアンドロイドに向かって斬りかかる。電磁レーザーナイフの切り身から白い幅のある光線が弧を描いてアンドロイドに向かう。アンドロイドの腹のあたりをはくように光線が通過すると上体が下半身からずれてそのまま格納室の床に落ちる。同時に格納室入口の螺旋階段を固定していた鋼鉄製の基礎部分も切りさかれる。階段がゆっくりと傾く。


 五郎、住職、リンメイがかろうじて床に到達する。サーチが階段途中で身をのりだしてジャンプして見事に着地する。ケンタもミリンを抱きかかえるとやはり身をのりだして飛びおりようとする。


「高すぎる!」


 ホーリーはケンタが飛びおりる地点にかけこむが、ふたり分の体重をまともに受けて吹っとぶ。ケンタが腰からくだけるようにひっくり返る。


「大丈夫か!」


 五郎とサーチがホーリーやケンタとミリンのもとにかけよる。


「大丈夫だ!」


 ケンタが大声で返事をして立ちあがる。


「お父さん」


 ミリンが顔をゆがめるホーリーのそばにひざまずく。

 

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「武器を捨てろ」


 その声にサーチが振り向くと住職とリンメイが両手を高くあげて立っている。その後ろに十数人のアンドロイドがライフルレーザーを構えている。奥から両手を頭の後ろに回してミトがレーザー銃を持ったふたりのアンドロイドにつきそわれて住職とリンメイに近づく。


「これまでか」


 ライフルレーザーを構えたアンドロイドがミリンと倒れたホーリーの前に立つ。床に落ちるレーザー銃の音が格納室に響く。と同時にその音をかき消すように大きな爆発音が格納室全体を揺るがす。


 青い時空間移動装置が一基、格納室に現れる。回転が急停止して一瞬格納室内が静寂に包まれる。ドアが勢いよく跳ねあがって電磁レーザー忍剣を握った忍者が次々と飛びだしてくる。


目にも止まらぬ速さで忍者が散っていく。忍者は数人しかいないはずなのに十数人いるかのように見える。分身の術だ。


 ミトが肩からアンドロイドに体当たりする。サーチや五郎が素早くレーザー銃やレーザーナイフを拾う。遅れてホーリーがレーザー銃を構えたときには目の前のアンドロイドの胴体が上下に分離されて床に転がっている。忍者がすべてのアンドロイドを電磁レーザー忍剣で切りすてていた。鋼鉄の身体を持つアンドロイドでさえ電磁レーザー忍剣の前ではひとたまりもない。


「時空間移動装置へ!」

 

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 ミトが叫びながら時空間移動装置のドア横の溝に手を入れてノブを引っぱる。ドアが跳ねあがったとき格納室に警報が流れる。


「本艦ハマモナク時空間移動体勢ニ入リマス」


 この警報を聞いたホーリーが叫ぶ。


「急げ!時空間移動体勢に入ると移動できなくなるぞ」


 ケンタが足を引きずっている。ミリンがホーリーを時空間移動装置に乗せるとケンタのところに戻って肩を貸す。


「ミリン!早く」


 サーチはケンタが片足を引きずりながらドアに近づくのを見て叫ぶ。


「生命永遠保持手術の効果が消えている!」


 サーチがケンタの腕を引っぱりあげる。


{壮大寺へ}


 ミトがホーリーや五郎に次々と無言通信を送る。時空間移動装置の回転が始まる。共鳴するような音が格納室に響きわたると、格納室から三基の時空間移動装置が消える。その数秒後宇宙戦艦も御陵の上空から消える。

 

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