第十章 老婆の部屋


【時】永久紀元前400年 
   永久0012年6月(前章より約410年後)
【空】黄金城 北海道(民宿)
【人】瞬示 真美 ケンタ 若くなった老婆


永久紀元前400年


***

 黄金城上空の時間島でボヤーとした全裸の瞬示と真美がフワフワ浮きながら信号を交わす。


【でっかい城だなあ】

【でも変だわ】
【ぼくらの世界では大坂城にいたのは豊臣秀吉だもんな。ところで、マミはこの世界で光秀が天下を取ることをどこで知ったんだ?】
【民宿の雑誌】
【やっぱり、そうか】
【でも……】


[200]

 


 真美が不満そうな信号を続ける。


【わたしたち、四百年以上も前の世界に戻って、なぜ御陵を守らなければならないの】


 瞬示も真美とすぐさま同じ疑問を共有する。


【巨大土偶なら自分で御陵を守れるだろうに】
【そうなのよ。でもどうやら、巨大土偶は御陵の中で復元中らしいの】
【黄金城でも尋ねたけれど、なぜ、そんなことがわかるんだ】


 真美が少し間を置く。


【瞬ちゃんには聞こえなかったの?御陵からの信号】
【どんな?】
【イメージみたいなものだから、表現しづらいわ】
【復元中ってどういうことなんだ】
【巨大土偶はすぐに復元してしまうのに、ふしぎだわ】
【どっちにしたって、ぼくらは巨大土偶を破壊した、いわば敵じゃないか】
【時間島がしむけているのかしら】
【時間島はぼくらをあっちこっちの世界へ連れ回している】
【歴史を変えようとしているのかしら】
【この世界では光秀が天下を取るのか】


[201]

 


【わからないことだらけだわ】


 ここであきらめて思考を停止する。しばらくしてから瞬示が話題を変更する。


【さて、これからどうする?あの民宿へ戻ろうか】(永久0012年6月)
 真美は返事をしない。


【それとも、あの喫茶店で一杯のコーヒーをふたりで飲みながら新聞でも読むか】(永久0012年8月)
【ケンタのところの方がゆっくりできるわね】
【マミ、あの老婆のことが気にならないかい?】
【そうだわ!あの老婆の正体を知りたいわ】
【それにケンタに礼を言わなきゃ】
【決まりね】


 時間島で時空間を簡単に移動できることは分かっても、時空間移動に関して詳しく理解しているわけではない。


【瞬ちゃん、条件があるの】
【条件って?】
【瞬ちゃんはどの時点のケンタに会いにいくつもりなの?】
【ぼくらが時間島の中に消えた直後】


[202]

 


【その少し前にしない?】
【あの老婆の正体を確かめるのならマミの言うとおりだけれど、同じ場所に同じ人間がいることは許されないんだろ?】

【そう、同じ場所にはね】


 真美が含みを持たせるが、その考えは極めて過激だ。


【場所をずらせばいいのよ】


 真美は時間島をあの民宿から少し離れたところに移動させることを提案する。


【大丈夫か?】
【瞬ちゃんが時間島を移動させて】
【えっ】


 瞬示は心配と驚きのあまり信号を止める。


【簡単よ】


 真美がイメージを送る。


【思い描くように信号を時間島に送ればいいの】


 真美は信号にあの民宿の光景を混入させる。


【時間島の操縦はわたしの方が先輩ね】


 瞬示は民宿近くの川を思い浮かべて時間島に信号を送る。


[203]

 


永久0012年6月


***

 瞬示と真美が時間島から抜け出して川原に立つ。いつもの紺色のジーンズ姿に戻っている。ボーッとした黄色い明かりのような時間島が急に縮んでボールほどの大きさになると音もなく破裂して消滅する。まわりは闇に包まれるが、ふたりには星明かりがなくても民宿がはっきり見える。その民宿から自分たちが出てくる。そのあとをサーチライトを持ったケンタがこわばった表情で追いかける。


 瞬示と真美は慎重に民宿まで数十メートルのところまで近づくと立ち止まる。予想したとおり、民宿からふたりの人影が現れる。


【あの老婆、いや違うぞ!若い女じゃないか】


 ふたりの女がケンタを追いかける。その身のこなしは軽い。すぐさま瞬示と真美が女を追いかける。民宿を通りすぎると海辺にピンクの光が見える。


「ケンタ!戻るんじゃ!」


「ついていくなあ!」


 ふたりの女の声は老婆そのものだ。


「戻れ!」


[204]

 


 再度、老婆の声がケンタを呼ぶ。瞬示と真美が女を追って民宿の外れまで進む。丘の下にはふたりの女の姿がはっきり見える。遠くにはケンタ、さらにその向こうにはピンクに輝く真美が見える。


「戻りなさい!ケンタ!」


 今度は若い女の声に変わる。ここで女はケンタを呼び戻すのをあきらめたのか丘を駆け登って民宿に向かう。瞬示と真美がどこに隠れようかと迷っているうちに鉢合わせになる。民宿の食堂から漏れた明かりで真美の顔が浮かびあがるとふたりの女がうろたえる。


「聞きたいことがある」


 無視された瞬示が問いかけると真美がピンクに輝く。女の緊張度が最高に達したとき、ひとりがスラックスのポケットに右手を入れて「ここは私が」というような仕草をすると、もうひとりが素早く民宿の海側へ走りだす。


 残った女の右手に力が入ると、ポケットから青いレーザー光線が発射されて瞬示の腹を貫く。ポケットにレーザー銃を入れたまま引き金を引いたのだ。


【瞬ちゃん!】


 ポケットからレーザー銃を抜いて真美に向ける女の胸を、真美の手のひらから放たれた光線が貫く。女の胸に穴があいてその場に倒れる。腹を押さえて片ひざをついた瞬示は、倒れた女を気にしながら立ち上がるともうひとりの女を追って民宿の海側に回りこむ。


[205]

 


 瞬示の目の前十数メートル先に青く輝く直径五メートルほどの球体が浮いている。瞬示が光線を発射しようとしたとき、青い球体が急上昇すると外壁の一部が跳ねあげる。つまり時空間移動装置のドアが跳ねあがったのだ。そのドア越しに女がライフルレーザーを構えて時間島に向けて発射するとすぐさまドアを閉める。


【あの時間島には自分たちがいる!】


 時間島からも青い球体に向かって強力なピンクの光線が発射される。青い球体が爆発音を残して跡形もなく消滅する。一方、女が発射した青い光線は時間島を通過するだけで何事もなかったように時間島は高度を上げて消える。


 瞬示を追ってきた真美は時間島が消えたあたりの夜空を見つめる。


【瞬ちゃん!大丈夫?】
【ああ】


 真美が瞬示の腹部を見つめる。


【びっくりしたわ】
【一瞬しびれたけど】


 倒れたもうひとりの女のところに戻る。真美が横にひざまずくと瞬示も真美の反対側でひざまずく。


【死んでいる……】


[206]

 


【あの老婆か?】
【間違いないわ。わたしを毒殺しようとした】


 瞬示は何が何だかわからないと首を数回横に振ると、同じ気持ちを共有した真美も女の顔をじーっと見つめる。


【あの戦場からやってきたんだわ】


 もうろうとしたまま男と女の意味不明な戦闘に巻き込まれたのに真美の脳裏にはそのときの情景がふしぎなくらいに鮮明に浮かぶ。


【この女ともうひとりの女も、あのときの一員だったわ】


 瞬示にはホーリーの記憶しか残っていない。


【未来の戦闘のような感じだったな】
【未来から来たのかしら】
【未来の人間にとってぼくらが邪魔なのか】


 瞬示が視線を死体から目の前の真美に移す。


【ぼくが出会ったホーリーという男もこの世界にやってくるんだろうか】


 真美も瞬示の顔を見つめる。


【もう来ているかもしれないわ】
【用心した方がいいな】


[207]

 


 真美がうなずきながら女の手首でフォノグラフのように輝く時計を指差す。


【変な時計ね。時間を刻んでいることはわかるんだけど】
【確かに変わった時計だ】


 瞬示が時計を外して真美に手渡すと、もう一方の手からレーザー銃を取りあげる。女性用なのか、瞬示には使いにくそうだ。


【未来の拳銃か】


 瞬示はしげしげとレーザー銃を眺めると胸のポケットにしまいこむ。


【ケンタが戻ってくるわ】


 ケンタがトボトボと丘を登ってふたりの方に近づいてくる。サーチライトが目的を失ったように揺れる。どう説明しようかと考えるふたりをケンタが見つけると叫ぶ。


「いつの間に!」


 ケンタは荒い息をしながら振り返って黄色い物体が消えたあたりを見つめる。


***

「とう婆ちゃんやかあ婆ちゃんが未来から来たなんて」


 民宿の事務室で瞬示と真美の途方もない話を聞き終えたケンタは一言だけ口を開いて黙りこむ。とっくに真夜中をすぎている。ふたりはじっと考えこむケンタの顔を見つめる。


[208]

 


 ケンタの脳裏にあの青い球体が大きな音をたてて消滅した光景が幾度も流れる。


「思い出した!」


 やっと口を開いたケンタが瞬示と真美を交互に見る。


「さっきの青い球体が残した爆発したような音、オレ、毎年のように聞いた。あれは……」


 瞬示と真美が身を乗りだす。


「確か二月だ。真夜中にあの音と同じ『ドーン』という大きな音が続けて二回するんだ」


 ふたりはケンタの言葉に注目する。


「窓ガラスがガタガタと震えて青く、まばゆく光ってた」


「二月といえば、この付近はすっかり雪におおわれているんだろ?」


「一階は完全に雪に埋もれてしまう。その雪が青く輝いていた」


 ケンタの言葉にふたりは期待を寄せる。


「どの辺で?」


 疲労感をにじませるケンタをうながして事務室を出る。スニーカーをはくとケンタも靴箱の上のサーチライトを持ってふたりに続く。外に出ると先頭に立ったケンタが民宿を見上げる。


「オレの部屋があそこだから、この方向だ」


 その方向にはあの青い球体が消えた場所が含まれる。ふたりはくまなくまわりを見渡すが、青い球体の破片らしいものは見あたらない。瞬間的に蒸発するように破壊されたのか。それと


[209]

 


も時間島からの光線を受ける直前に辛うじて逃げたのか。


 民宿の海側の崖に出るとケンタが海を指す。


「夜だからわかりにくいけど、ここからすぐのような気がする」


 瞬示と真美はケンタが示す方向をにらむ。しばらくして同時に海水に満たされた直径十メートルぐらいの丸い穴を見つける。ちょうど干潮だ。その穴のまわりは海藻が付着したごつごつとした岩場だ。


 ふたりはその穴のそばへ瞬間移動する。月と星の明かりで目が慣れてもケンタにはふたりが急に消えたように見える。岩場から真美が両手をメガホンにして大きな声をケンタにかける。


「心配しないで!すぐ戻るから」


 形からして自然にできた穴ではない。穴のまわりには磨きあげられた大理石のような輝きをもつ擁壁が施されている。瞬示が両手を穴に向ける。


「光線を使うと穴が壊れるかもしれないわ」


 真美が瞬示の両手を軽く押さえる。


「でも、海水を出さないと」


 真美が瞬示の言葉を無視して目を閉じる。真美がピンクに輝くと、その輝きの一部が分離して穴の上に移動する。崖の上にいるケンタはその輝きにつられてサーチライトを穴に向ける。そのスポット光を浴びた海水が吸い上げられてまわりに排水されると驚いて瞬示が真美を見つ


[210]

 


める。真美は物体を移動させることができるのだ。


「新しい忍法よ」


 真美が笑いながら、やはり驚くケンタに手を振って大声を出す。


「もう少しだけ待ってて」


 ふたりがいっしょに穴の中に飛び降りる。その瞬間、瞬示の視線に緑色の輝きが飛びこむ。瞬示は穴の中に入るのを中止して身体を浮かす。


【瞬ちゃん、どうしたの?】


 穴の底から戸惑いの信号が瞬示に届く。


――気のせいか


 瞬示が改めてまわりをうかがうが、何も見えない。


【今、緑の光が見えなかった?】


 真美は穴の底で首を横に振る。その真美のそばに瞬示が降りる。穴の中は入り口と同じような擁壁が施されている。深さも直径と同じぐらいだ。中心部が丸く窪んでいる。

「かわいいクレーター」


 あの青い球体を海水から守って安置するには十分と思われる丸い窪みだ。ふたりはここにあの球体が格納されていたと確信する。


「あれはタイムマシンか?」


[211]

 


空っぽの井戸の底のようなところから限られた狭い夜空を見上ると、時空の限りないふしぎさを改めて全身につめこむ。身体を浮かすと一気に崖の上のケンタのそばに戻る。ケンタの身体がビクッと硬直する。


 瞬示が目をこらしてまわりを注意深く探索する。


「ケンタ、少し前に緑の輝きを見なかったか?」


 ケンタはその質問を待ってたかのように応える。


「見えた!一瞬だったけれど」


「気のせいじゃなかったんだ」


 瞬示がケンタから真美に身体を向ける。


「あの超巨大時間島に吹き飛ばされた緑の球体かもしれない」


「ひょっとして瞬ちゃんが出会ったホーリーがその緑の球体でここまでやってきたのかも」


「まさか」


 瞬示は言葉と裏腹に同じことを考える。


***

 ふたりが民宿に向かうとケンタも足元をサーチライトで照らしながらついていく。


「あの老婆はわたしたちを殺すのが目的だったんだわ」


[212]

 


 瞬示が真美の要求を満足させる言葉を返す。


「老婆はぼくらのことを知りつくしている」


 老婆が自分たちのことを自分たち以上に知っていることに気付いたふたりはがく然とする。


「ケンタの話では老婆はここに十年ぐらい前からいたらしい」


「十年以上もの間、わたしたちが摩周湖に現れるのを待っていたのかしら?」


「ぼくらがいつ現れるのか見当が付かなかったんだ。本人も知らないこと、わかるはずない」


「現れる場所はだいたい目星がついていたということね」


 ケンタはふたりの突拍子もない話をポカンと口を開けたまま聞きいる。


「ケンタの両親がいないことを利用して、ここに居座ってぼくらが現れるのをじーっと待ち続けていたのかも」


「背筋が寒くなるわ」


 真美の身体がブルッと震える。


 風呂場の横のプロパンガスのボンベが置いてあるところに差しかかる。女の死体がボンベの前のコンクリートの床に青いビニールシートをかけて安置されている。瞬示は死体を確認するためにビニールシートをめくる。


「きゃあ!」


 死体はなく、衣服をまとった人間の形をした黒い土の塊が現れる。異臭はしない。どうや


[213]

 


ら腐敗して土になったわけではないようだ。


 瞬示はあの戦闘で倒れた兵士が同じように土になったことを思い出す。真美も思い出すとふたりは申し合わせたように顔を見合わす。


 すでにふたりから死体の件について説明を受けていたケンタは躊躇することなくサーチライトで黒い土の塊を照らす。


「生命永遠保持手術を受けていたんだ」


「若返り手術っていってたやつ?」


 ケンタが軽くうなずく。


「見るのは初めてだけど生命永遠保持手術を受けた人間が死ぬと土になるらしい」


「でも、若返りの手術を受けた人はお婆ちゃんだったわ」


 瞬示が会話を信号に切り変える。


【でもいつの間にか若くなった。変装していたのか】
【あのときの兵士もこの女も生命永遠保持手術を受けているんだわ】
【マミの言うとおり、あのときの女がここへやって来てぼくらが現れるのを待っていた】


 そのときケンタがふたりの深刻な表情を無視して叫ぶ。


「あっ、そうだ!オレ今までとう婆ちゃん達の部屋に入ったことがなかった!」


[214]

 


***

 玄関と事務室の間の階段を上ると二階の廊下に出る。両側には数室の客部屋とケンタの部屋があって廊下の一番奥に老婆の部屋がある。


 ケンタが木製のノブを回してドアを開けると壁のスイッチを押す。部屋が明るくなる前にふたりは洋箪笥と一面鏡と小さなテーブルとふたつの椅子の存在はもちろんのこと部屋全体の様子を把握していた。整然としている。別にこれといって変わったものはない。右手奥の方に引き戸が見える。


「寝室……だと思う」


 老婆が来る前は両親の寝室だったとケンタが説明する。とは言っても母親は早くに亡くなっているから、父親の寝室という方が正しい。


 ケンタが引き戸を開けて電灯を点ける。窓側を頭にベッドがふたつ並んでいる。先ほどの部屋と違って新聞や雑誌や書類が乱雑に棚や床に置かれている。


「何だ、これは!」


 引き戸側の壁に奇妙な装置が置かれている。瞬示とケンタはそれが未来のコンピュータだとすぐ理解するがキーボードはない。電源が入ったままの大きなモニターが壁に掛けられていて文字が並んでいる。


「メールソフトかなあ」

 

[215]

 


 見出しや差出人や送受信の日時と思われる欄が画面に並んでいる。


 真美はコンピュータに興味を示すことなく所狭しと置かれている新聞や雑誌を見つける。そして両手をパンと叩く。


「お婆さん達、情報収集していたんだわ!」


「そうらしい」


 瞬示がモニターを見つめながら同意する。


「これを見ろ」


 瞬示が真美をうながす。ケンタが瞬示にかわってモニターの文字を読みあげる。


「分子破壊粒子を使用するも殺害に失敗」


「何のことかしら」


「ほら、その下」


 瞬示がある部分を指でなぞると、真美が分子破壊粒子をみそ汁に入れる記述を読みあげる。


「致死量の百倍の分子破壊粒子を混入したが、即死するどころか数十分で解毒した」


 目を丸くして真美がいったん言葉を切る。


「どこへ報告しているの」


「完成第一コロニー最高司令部通信局」


「?」


[216]

 


 瞬示がモニターから指を離してケンタを見るが、ケンタは返事のかわりに首を横に振る。ケンタにも完成第一コロニーの意味がわからないようだ。


「宇宙のどこかにある基地なのかなあ」


「わたしたちを殺して何になるのかしら」


「ぼくらは毒をもっても死なない恐ろしい存在なんだ」


 すぐさま真美が納得してモニターを見つめると画面が急にスクロールアップして止まらなくなる。そしてコンピュータからピーピーという音が流れ、画面が突然ブルーになる。


「ヤバイ!」


 瞬示が叫ぶと真美も本能的に異常を感知する。


「瞬間移動だ!」


「ケンタは?」


「何とかする!」


 すでにピンクに輝く瞬示が窓に向かって光線を発射する。壁もろとも窓が吹っ飛ぶと真美はすぐ瞬間移動して外に出る。


「ケンタ!」


瞬示がうろたえるケンタを抱いて飛びだすが、地面ではなく空に向かって上昇する。民宿が大爆発を起こして跡形もなく吹きとぶ。


[217]

 


【マミ!】
【大丈夫】


***

 三人は民宿があった地面に立つ。


「コンピュータが自爆した」


 瞬示がモニターに触れたことを思い出す。


「多分、老婆以外の者がコンピュータを操作すると自爆するようになっていたんだ」


「オレもそう思う」


ケンタが同調する。


「証拠隠滅ね」


「でも、大発見だった」


 瞬示の興奮をよそにケンタはへなへなと地面に座りこむ。


「生体認証装置があのコンピュータに仕組まれていたんだ」


 気落ちしているが、ケンタは科学少年らしく分析する。


「生体認証って?」


 真美がケンタに尋ねる。


[218]

 


「オペレーターの指紋や網膜、人相といった個人固有の身体的特徴をもとに本人認証を行う技術」


 瞬示がケンタにうなずく。


【これからどうする?】


 真美が信号でささやくと瞬示が軽く首を横に振る。


【ケンタを連れて旅するわけにはいかない】
【ここに残すわけにもいかないわ】
【生身の人間は時間島には入れない】


 黄金城上空の時間島に大凧で侵入した忍者が全員消えたことを思い出す。


【でも、急ぐ旅でもないわ】
【そうだ。それに目的があるわけでもない。ケンタに聞くしかないな】


 ケンタは両ヒザの間に顔を埋めて涙を見られないようにうなだれる。


「エアカーは持ち主の指紋で、ドアが開いて自動的にエンジンがかかるらしい」


ケンタがポツリと鼻声を出す。そして何か思い出したように叫ぶ。


「あっ!川原に車を置きっ放しだった」


 ケンタが立ち上がると民宿があったところとは反対側の川の方を見る。夜明けのかすかな明るさのなかで赤い車の屋根がはっきりと見える。


[219]

 


 ケンタが川原に向かってトボトボと歩きだす。静寂の中、草を踏む音と川の流れる音だけが聞こえる。突然、海の彼方から瞬示と真美の耳にゴーッという音が進入する。瞬示が振り向くとまだ暗い海上のかなり遠くをふたりの方に向かって飛行する物体を見つける。


「車へ!」


 瞬示が前を歩くケンタの背中をポンと叩く。ケンタは振り返るとポカンとして瞬示を見る。


「急げ!」


 瞬示が同じ言葉を繰り返す。三人は小走りで赤い車に向かう。たどり着くとケンタが運転席のドアの前で上着やズボンのポケットをまさぐりだす。


「キーが」


「指紋で開けられないのか?」


 瞬示の冗談にケンタは照れ笑いしながらノブを握るとドアを開ける。


「キーを付けたままだった」


 バツの悪そうな表情をするケンタの顔を見つめて真美が笑う。そのときケンタが表情を急変させると両耳に手のひらをくっつけて耳を澄ます。瞬示と真美が先ほどから気付いていた音に反応して海上を見つめる。


「警察か」


 ケンタはなぜ瞬示が急かしたのかを悟ると運転席に座る。瞬示が助手席に真美が後部席に乗


[220]

 


りこむとエンジンがかかる。


「ここから離れるんだ」


「わかった」


 ケンタがアクセルを踏む。真美が心配そうに身を乗りだす。


「ライトを点けなくて大丈夫?」


「この辺なら目をつぶっていても大丈夫」


 ケンタが自信たっぷりに言いきる。


【車なら三人で旅に出られる】


 真美が後ろから瞬示にうれしそうに信号を送ると瞬示がうなずく。しかし、すぐに真美の表情が険しくなる。


【花子はどこにいるの】


 瞬示の脳裏には一太郎の顔が浮かぶ。


[221]

 

 

[222]