第十六章 アンドロイド


【時】永久0215年(前章より約145年後)
【空】前線第四コロニー
【人】瞬示 真美 住職 ホーリー サーチ ケンタ 忍者 Rv26


***


 時間島から滑り落ちるように、瞬示、真美、住職、佐助、才蔵、半蔵、アケミ、エリカ、そしてキョトンとしたサーチが地上に降り立つ。サーチはいつ時間島に乗ったのか記憶をたぐろうとするがすぐ止める。それはあまりにもまわりがうるさいからだった。目の前で建築中の巨大な建物とそれを照らす数え切れないほどの照明灯が見える。瞬示が代表して最初に口を開く。


「ここはどこなんだ?」


 真美が腕時計を見る。


「E0215」


 瞬示がすぐに反応する。


「永久0070年から0215年の世界に来たのか。145年(215―70)も未来の世界に来


[338]

 


ている!」


 サーチも腕時計で瞬示の計算を確認して驚く。


「私が瞬示や真美と完成第十二コロニーで遭遇した年だわ!ここは永久0215年の世界」


 しばらくして建物の一角から瞬示たちに向かってくる大きな男に気が付く。瞬示たちの後ろの時間島に驚く様子もなく規則正しく腕を振って一定の速さで近づいてくる。胸元に白い文字で「Rv26」と書かれた茶色の作業服を着ている。サーチが丹念にその男を見つめる。


 突然、大音響が響くと一斉に振りかえる。時間島を追ってホーリーとケンタとお松が乗った緑の時空間移動装置が到着してその回転が徐々に減速する。しかし、その大男はひるむ気配も見せない。ついに真美がその大男の意識の中を覗く。次の瞬間、真美は両手で頭を押さえて顔を歪めながらヒザから崩れる。


【どうした?マミ!】


 すぐ平静に戻った真美が立ち上がる。


【つんざくような雑音しか聞こえない】


 真美の行動を理解した瞬示も試してみる。大男の意識の中はまるで番組が終了した後のテレビ画面のような光景と雑音しか存在していない。とても意識と呼べるようなものではない。


 その男が瞬示のそばで立ち止まったとき、忍者が刀を抜こうとするが住職が両手を広げる。


「ヨウコソ、オ待チシテイマシタ」


[339]

 


「?!」


【ここへ来るのがわかっていた?】


 お松を背負ったホーリーがケンタといっしょに時空間移動装置から降りると佐助がホーリーに駆けより一礼してお松を受けとる。身軽になったホーリーにサーチが叫び声を向ける。


「アンドロイドよ!」


 ホーリーは確認を求めるサーチに視線を移すことなく大男をじーっと見つめる。


「確かにアンドロイドだ」


「アンドロイド?」


 つぶやく瞬示に大男、いやアンドロイドが手を差し出す。瞬示も反射的に手を差し出すが、ためらいながら一呼吸置くとそのまま握手する。その手は人間の手のように柔らかくて温かい。


「ワレワレハ、アナタ方ニ危害ヲ加エル者デハアリマセン」


 身長は二メートル以上ある。瞬示は見上げたまま圧倒される。


「タダシ」


 アンドロイドはホーリー、そして佐助が抱えるお松をもう一方の手で指差す。


「コノ二人ハ、ワレワレノ主人デス」


「どういうこと?」


 真美が尋ねる。


[340]

 


「生命永遠保持手術ヲ受ケタ人間ダカラデス」


 しかし、アンドロイドはサーチを指差さない。瞬示と真美には同じく生命永遠保持手術を受けたサーチを指差さないことをふしぎに思うが、お互い信号にすることなく次の言葉を待つ。


「自己紹介シマス」


 手を離すと直立不動の姿勢で深く頭を下げる。


「ワタシノ名前ハRv26。所属ハアンドロメダ星雲ペガサス地区前線第四コロニーノ、アンドロイド隊ノ最高責任者デス」


 ホーリーとサーチが同時に驚く。


「あの前線第四コロニー!」


 ここは瞬示と真美が完成第十二コロニーに現れて去っていったときのデータを保存した量子コンピュータの管理下にあるコロニーだ。ホーリーが瞬示とRv26に近づく。


「ここは、本当に前線第四コロニーなのか?」


「ハイ」


「俺達をどうするんだ?Rv君」


 ホーリーが瞬示に並ぶとぶっきらぼうに尋ねる。


 「予定ハアリマセン」


 Rv26が答えにならない返事をする。


[341]

 


「ホーリーサン、オ松サン以外ノ方ノ名前ヲ教エテクダサイ」


 完成第十二コロニーでの事件に関するデータがこの前線第四コロニーの中央コンピュータに保存されているから、ホーリーの名前をRv26が知っているのは当然なのだろう。しかし、ホーリーにはRv26がなぜサーチの名前を知らなくてお松の名前を知っているのかふしぎでならない。


 瞬示から順番に名前をRv26に告げていく。紹介が一巡した後、ホーリーが腕時計で確認した時間点をRv26に確かめる。


「今は永久0215年か?」


 サーチがうなずきながら、ホーリーとともにRv26の返答を待つ。


「ハイ」


 ホーリーは自分が地球に派遣された永久0220年の五年前に戻っていることを確認してからサーチを見つめる。サーチが再びホーリーに大きくうなずいてみせる。


「ココハ話シ合イヲスル場所デハアリマセン。会話ガシヤスイ場所ニ案内シマス」


 Rv26はくるっと向きを変えて歩きだす。背中にも白い文字で「Rv26」と書かれている。動作は人間にかなり近い。話し方がぎこちないのを除けば大柄な人間そのものに見える。


「アンドロイドって、ロボットが進化したもの?」


 瞬示にはアンドロイドとロボットの区別があやふやだ。それは瞬示の世界にアンドロイドが


[342]

 


存在しないから当然のことだ。


「簡単に言うと人間にかなり近いロボットのことだ」


 ホーリーとサーチが交互に説明をはじめる。


「まだ男と女が何とか共存していたころ、人間が住めるように星を改造するためにロボットが製造された。ロボットには自律的に行動する能力はない。見た目が人間とそっくりでも、単なる機械でいちいち命令しないと目的を持って作業をすることはない。それにひきかえ、アンドロイドは自分で判断して行動することができる」


「女と男が戦争に突入したあと、ロボットに改良に改良を重ねて人間のかわりに戦う兵士に仕立てあげたのがアンドロイドなの」


「だが、うまくいかなかったなあ」


「敵と味方の区別がつかなかったのが最大の欠点だったわ」


「つまり男と女の区別ができないってことだ」


「所詮は機械でしょ。戦いのぎりぎりのところでは役に立たないのよ」

 

 ホーリーとサーチはまわりから見ると気の合う友人のように説明を進める。


「それに星の改造も不要になったからアンドロイドの製造を打ち切ったんだ」


「永遠の命を手に入れているのに半永久的に動くアンドロイドの開発なんて、私に言わせると根本的に間違っていたんだわ」


[343]

 


「むしろ時空間移動装置の製造や生命回復機能を停止させる薬物の開発に重点が移動して、製造されたアンドロイドの役目は人間の奉仕者に変更された」


 瞬示と真美、いや住職の方がより強くホーリーとサーチの話に驚く。特に生命回復機能を阻止する薬物の開発という話に住職が言葉をはさむ。


「何のための生命永遠保持手術じゃ」


 残念なことに、住職の言葉はホーリーとサーチには届かなかった。


「前線コロニーで働くアンドロイドがまだいるとは俺は知らなかった」


「私は知っていたけれど、ここは規模が大きいわ。だからキャミ将軍は完成第十二コロニーに関するデータをこの星のコンピュータに保管したんだわ」


「確かこの前線第四コロニーの中央コンピュータだけが量子コンピュータだと記憶している」


 サーチがホーリーにうなずくとうめき声が聞こえてくる。


「ここは……」


 お松の弱々しい声がする。
「お松!」


「兄者!」


 お松が涙声で佐助にすがると佐助が抱きしめる。


「生きて会えるとは……」


[344]

 


 佐助の言葉にお松が震えるような小さな声を出す。


「生き残ったのは私だけ?」


「!」


 佐助が絶句する。すかさず才蔵が大声でお松に尋ねる。


「みんな、いっしょだったのか!」


「生き残ったのは女全員と影丸様だけです」


 佐助が口をへの字に曲げてお松を見つめる。お松は佐助の無言の誘いにうながされるようにしゃべりだす。


 お松たち女の忍者は全員、追跡隊の一員として時空間移動装置に乗りこんでサーチ探索のためにまず永久0012年6月の北海道に時空間移動した。そして京都の古寺に移動したが結局お松を除いて全員死亡した。


 お松の話にアケミとエリカが静かに涙を流すと佐助が言葉を吐く。


「影丸は?」


 あの大筒を持った忍者のことだ。


「クーデターという事件で死にました」


 全員立ち止まったまま、お松の長い話に耳を傾ける。Rv26も立ち止まってじっと主人と呼んだお松を見つめる。


[345]



***

 お松の話は悲しい報告だった。しかし、この前線第四コロニーに長居する理由はない。佐助たち忍者はうつむいて時間島に向かうRv26を先頭に続く列の最後尾をトボトボとついていく。ホーリーはみんなの気持ちが少し落ち着いたところでサーチに近づいて改めて尋ねる。


「気分はどうだ?」


「体調はいいわ。でも記憶がおかしいの。何と言ったらいいのか……」


「羅生門で倒れたことは覚えているか」


 サーチが首をひねる。


「そうそう、羅生門で因果律の話を聞いていたわ」


「気を失って時間島に入ったことは?」


 今度は首を横に振る。


「はじめは何か気分が悪くなったような……でもすぐ気分が良くなって気が付いたらこの前線第四コロニーにいた」


 サーチらしくない言い回しにホーリーが戸惑う。


 そんなホーリーとサーチの会話を聞きながら瞬示が真美に信号を送る。


【時間島はなぜサーチを】


[346]

 


【サーチに何があったのかしら】


 しかし、返事を催促するわけでもなく話題を変える。


【瞬ちゃん、Rv26の耳が時々光っているの、わかる?】


 瞬示はRv26の耳の赤い点滅を確認するとサーチに関する重要な話を中断してしまう。


【何だろう?】


 急にRv26の耳が強く輝くと歩くのをやめて振り返る。


「多数ノ時空間移動装置ガコノ星ニ接近中デス」


「えっ!」


ホーリーは驚きながらも冷静に反応する。


「恐らく男の軍隊の時空間移動装置だ」


 ホーリーの直感は鋭い。男の追跡隊が羅生門で時間島かホーリーの時空間移動装置の識別信号を解析してこの前線第四コロニーに時空間移動してきたと確信する。


 Rv26が上空を指差す。


「時空間バリアーガ作動シマス」


「何だって!時空間バリアー!」


 冷静さを返上したホーリーの絶叫にサーチも飛び上がる。ホーリーがRv26につめよる。


「時空間バリアーを開発したのか!」


[347]

 


「ハイ」


 無表情のままRv26が応える。


 そのとき時間島のかなり上空でまともに見ると目がつぶれてしまうような強烈な光が地上を照らす。その強烈な光が地面に様々な影を鮮明に造りだす。シェルターの外側で時空間移動装置が時空間バリアーに遮られてシェルターの内側に移動できずに爆発する。シェルター内では爆発音がかすかに聞こえるが意外と地面の揺れは強い。いずれにしても上空は眩しくて正視できない。いくつもの火の玉が上空に現れては消える。その光で月面の両極にあったのと同じ透明なシェルターの輪郭がはっきりと浮かびあがる。


 ホーリーがRv26の身体に触れるぐらい近づいて真下から見上げて怒鳴る。


「なぜ主人である俺の軍隊の時空間移動装置を破壊するんだ!」


 Rv26はたじろくことなく丁寧に説明する。


「コノ前線第四コロニーハ両軍ガいっしょニ訪レナイ限リ、立入リヲ拒否スルヨウニト両軍ノ将軍カラ指示サレテイマス」


「そうだった……」


 ホーリーは完成第十二コロニーでの休戦会議を思い出す。サーチもRv26の言葉にうなずきながら、爆発して火の玉と化した時空間移動装置の残がいを目を細めて眩しそうに見つめるがすぐにそらす。


[348]

 


 サーチは自分たちの軍隊の追跡隊が仮に運良く羅生門の古寺での戦闘をしのいだとしても、この前線第四コロニーのバリアーに引っかかって全滅しただろうと、いずれにしても同じ結果になることに気が付いてうなだれる。しかし、お松に関しては、そうではなくまったく違う結果になったことまで気がまわらない。


 爆発音と振動が収まる。どうやら男の追跡隊の時空間移動装置は全滅したようだ。


「時空間バリアーって何なの」


 真美が静かになった上空から視線をRv26に移す。


「時空間移動装置ノ侵入ヲ防グ防御エネルギーノ総称デス」


 うなだれていたホーリーが急に重大なことを思い出して再びRv26にくってかかる。


「俺は単独で何の制約も受けずにこの前線第四コロニーに時空間移動してきたぞ!」


「例外デス」


「例外?」


 Rv26が瞬示と真美、そして遠くに見える時間島を太い指で順番に指し示す。


「コノ例外ニハ時空間バリアーハ作動シマセン。ソシテ、ソノ付録ニ対シテモデス」


「なに!」


 ホーリーがいったん大声をあげるが続く言葉は弱い。


「俺は付録だったのか……」


[349]

 


 そしてホーリーはサーチに直感力だけを頼りにして自説を展開する。


「俺達、ひょっとしたらアンドロイドに滅ぼされるかもしれないぞ」


「アンドロイドが?私達を?」


***

 時間島で移動する理由を失った瞬示たちは再びRv26に連れそわれてたどり着いたところはアンドロイドの製造工場で、そこではアンドロイドが様々な装置や道具を使って自分たちを製造している。それを見てホーリーがふと疑問を感じる。


「これ以上アンドロイドを製造する必要はないじゃないか」


「機械ハコワレルモノデス」


「修理すればいいのじゃ」


 質問したのはこれまで驚き放しだった住職だった。


「完全ニコワレルト修理デキマセン」


 Rv26はぎこちないが明らかにさみしい表情を浮かべる。


「ソレニ私ハ旧式デハアリマセンガ、旧式ニナルト解体サレマス」

 


「わしの方がずっと旧式じゃな」


[350]

 


「私ハアナタノヨウナ頭ニ毛ガナクテ皺ノ多イ人間ヲ見タコトガアリマセン」


「人間は旧式になれば死んでしまうもんなんじゃが」


「言葉ノ意味ガワカリマセン」


 瞬示と真美が微笑みを浮かべるがホーリーとサーチは笑い事ではなかった。つまりアンドロイドは男と女の両軍の命令をしっかりと守っているどころか、その命令を実行するために強力な時空間バリアーまで製造してこの前線第四コロニーを守っている。


 さらにもっと重大なことにホーリーが気付く。


――アンドロイドは人間の手を離れて完全に自律している。そのうえアンドロイドの個体数は確実に増加している。さらにアンドロイドの武器は人間の武器を超えている。アンドロイドの存在理由は?存在目的は?そして何を考えているのか?


 サーチも自問する。


――人間の人口は確実に減少している。人間たちの存在理由は?存在目的は?私はなぜここに来たの?時間島はなぜここに移動したの?


 ホーリーとサーチは言葉を交わさないが内容的にはほぼ同じことを考えていた。しかし、ホーリーは自分の思考に大きな誤りを発見する。つまりアンドロイドがあまりにも人間に近い姿をしているので、擬人化して思考を進めていることに気付いたのだ。


 この擬人化志向が人類にとって「最大の欠点」であることにホーリーは気が付かない。もち


[351]

 


ろん、人類の歴史上あるひとりの男を除いて誰も気付いたことはなかった。


「この前線第四コロニーの中央コンピュータの指示でアンドロイドが動いている。このことを忘れてはいけない」


 ホーリーはサーチにというよりは自分自身に言い聞かせるためにあえて言葉にする。サーチはいったんホーリーの言葉に戸惑うが、大きくうなずいて肝に銘じるように心の中でその言葉を反復する。


――確かにホーリーの言うとおりだわ


***

 再びRv26が先ほどまでいた広い部屋に案内する。瞬示が真美と並んで会議室の椅子に腰を下ろすと瞑想するかのように目を閉じる。

 

「瞬示」


 瞬示の横にホーリーが座る。


「瞬示と時間島のどちらがここへ移動することを決めたんだ?」


 瞬示は目を閉じたまま首を横に振る。


「マミ、いや真美」


「真美が?」


[352]

 


「真美が呪文のようなものを時間島に伝えるというか、命令したのかも」


 ホーリーがはぐらさないでくれという表情をしてから今度は真美に視線を移す。真美も瞬示のマネをして目を閉じて答える。


「そうよ、呪文を唱えると時間島が行き先を決めるの」


「おいおい」


 真美が目をパッチリ開けるとホーリーを見つめてから少しだけ視線を落とす。


「冗談言ってごめんなさい。でも、そんなときもあるし、今回みたいに時間島が勝手に移動することもあるの」


「勝手に……」


 ホーリーは真美の真剣な表情に珍しく気後れして言葉を収めるが、もうひとつの重要な話題に変える。


「ところで、お松に月面の生命永遠保持機構の本部での手術を受けた後の話を詳しく聞こうと思うんだけど」


 サーチも身を乗りだして真美を見つめる。住職も目を見開いて注目する。


「お松さん、もう少し時間が欲しいって」


 真美がホーリーを制する。


「真美も瞬示も人の心を読めるんだろ」


[353]

 


 ホーリーはすでに真美が知っていることだけでも教えて欲しいという気持ちをこめて素直に頭を下げる。


「わたしも知りたいけれど、お松さんの心を覗くのはやめました」


 お松をめぐる因果律に関して真美はもちろん瞬示、ホーリー、サーチそして住職の興味は強い。ただ、瞬示と真美は自分たちがお松の因果に関係したかもしれないと心配する。だから、お松から話を聞きたいという気持ちを何とか抑える。


 ホーリーはそういう真美の気持ちを察して質問をあきらめる。がっかりしたサーチが同じように気落ちした住職に話しかける。


「私達の戦争は間違いなのでしょうか」


「男を憎んでいるんじゃろ」


「もちろんです」


 住職が気を取りなおしてサーチの言葉に集中する。


「ホーリーもか」


「今は憎んでません」


 サーチが正直に答える。


「いつからじゃ」


「先ほどから」


[354]

 


「話せばわかるのじゃ」


「そんな簡単なことでは」


「会話は難しいものじゃとでも」


「私がお聞きしたいのは」


 サーチが住職を直視する。


「わかっておる」


「?」


「人間と、この宇宙との関わりをどうするかじゃ」


 サーチにはまったく意外な答えだったが、住職の言葉を尊重して何とか言葉を絞りだす。


「それは私には重すぎるテーマです」


「簡単に言えば子供を造らなきゃあかんということじゃ」


「でも悲しいことに赤ちゃんを産むことはできない。それに産めたとしても人口が増えるだけです」


「それはRv26にお願いしてどんどん人間が住めるコロニーを造ってもらえば済む話じゃ」


「そうじゃなくて、私が言いたいことは……」


「わかっとる!生命永遠保持機能を停止させる手術を開発するのじゃ」


「永遠の命を捨てる手術、誰も受けないわ」


[355]

 


「確かに!でも自殺者はどうじゃ?」


 住職の時代でもかなりの自殺者が出ていた。ましてや数十年どころか数百年も生きれば自殺者がもっと増えると住職は確信していた。


「確かに自殺者は増えています」


 住職が我が意を得たりと興奮する。


「そうじゃろ!二百年も三百年も生きれば、生きることに疲れるはずじゃ」


「来る日も来る日も戦争ですもの」


「戦争の影響は否定できんが、いずれにしても自殺者は増加するはずじゃ」


「そのとおりだと思います。でも現実的には戦争が原因です」


「戦う目的がわからなくなってきたのじゃ」


「いえ、そんなことはありません。残忍な男を抹殺して女だけの平和な世界を造るのです」


 サーチが強い口調で住職に反論する。


「そうなれば自殺者がいない世界になると言うのじゃな?」


 サーチが言葉をのみこむ。住職は語調とは逆にそんなサーチをやさしく見つめる。


「自殺者が多くなった一番の原因は戦争ではない。良い悪いは別として、価値観に変化が生じたからじゃ。」


 住職は自分の言葉が誤解を与えていないか確認した上で、サーチに言葉を受けいれる余裕を


[356]

 


追加してから、トーンを落として語りかける。
「前から気になっていたのじゃが、サーチとホーリー、いや女と男の戦いにはかつての戦争のような親と子の葛藤のような緊張感が存在せんのじゃ」


 瞬示と真美に質問するのをあきらめたホーリーがサーチと住職の会話に合流する。


「俺と俺の親が生命永遠保持手術を受けた後は親子というよりはいつまでも二十歳の同級生みたいな感じだったな」


「そうじゃ、人間皆兄弟から皆同級生になってしもうたわい」


 住職は黙りこんだサーチからホーリーの方に身体を向ける。


「ホーリーには子供がおるか」


「娘がひとり。いずれ生命永遠保持手術を受けさせるつもりだったが……」


 住職がホーリーの言葉を遮る。同時にホーリーの視線が住職に向くと、サーチが逆に住職からホーリーにこわばった視線を向ける。


「そうじゃな、手術を受けた者は老若男女を問わずバリバリの二十歳になる」


 サーチはホーリーから視線を外すが、こわばった表情に変化はない。


「同級生同士のケンカだと思ったら、実は親子ゲンカだったりして!」


 住職が豪快に笑い飛ばす。しかし、すぐに自分の言葉で笑いを止める。


「親子のケンカ」


[357]

 


 住職が言葉をかみしめる。ホーリーが神妙な表情をするがサーチはこわばった表情を解除して住職に尋ねる。


「女と男の戦争はどうすれば止められますか?」


 娘のことを思い出していたホーリーは、サーチの言葉に驚く。住職が軽くせき払いをしたあと重々しく言葉を放つ。


「男が女を必要とする、女が男を必要とする『オペレーティングシステム』を再構築するのじゃ」


 ホーリーがポカンと口を開けるとサーチの表情も一気にゆるむ。重々しく言った割には住職の英語の発音が軽かった。


「具体的には?」と言いかけてサーチがすぐ気付く。


「子供」


「そうじゃ」


「ふりだしね」


「お互い必要でなければ、つまらないことで衝突するものじゃ」


「それは生命永遠保持手術が開発される前でも同じだったわ」


「あんたらがしているような男と女の壮烈な全面戦争は過去にはなかった」


 住職が断定する。ホーリーが過去の歴史をたどろうと目を閉じる。


[358]

 


「戦争はすべて悪じゃが、昔の戦争では憎しみだけではなく愛情も共存していたのじゃ」


「もう少しやさしく説明してください」


 サーチが住職に頭を下げる。


「徴兵された夫に妻は激励して戦場に送り出した。敵も同じじゃ。戦争にやりきれなさを感じながらも男と女は結束していたのじゃ。味方に対する愛、敵に対する憎しみを共有して男女はひとつになっていたのじゃ」


「今は敵の男に対する憎しみばかりで、味方の女に対する愛情はないと言いたいのですか」


 サーチが消えいるような声を出す。


 いつの間にか一同が住職とホーリーとサーチの話に集中する。特に住職のそばでRv26が微動だりすることなく直立不動のまま会話を聞きいる。そんなRv26に住職が尋ねる。


「案内してもらって失礼じゃが、おまえさんの意見というのか、何というか、さっきから発言がないのはどういうことじゃ」


「ワレワレハ人間ノ感情ヲ研究シテイマス」


「何と!何故に!」


「ワレワレニナイモノダカラデス」


「はて、感情を持てばアンドロイド同士が殺しあうことになるかも知れんぞ」


住職が鋭い視線をRv26に向ける。Rv26が感情を持っているのかもしれないと思わせ


[359]

 


るように首を傾げる。


「アンドロイドの性別は?」


 住職が誰とはなしに尋ねる。


「そんなものあるわけないじゃないですか」


 ホーリーが笑いながら応える。


「感情を持ったとしても、性別がなければ殺しあうことはないかもしれん」


「男はもちろん、女同士でも、もめ事はあるわ」


 サーチが反論を試みるが、住職は自信を持って応える。


「女という概念は男が存在して成り立つのじゃ。もちろん男もそうじゃ。サーチの言うとおりだとしたら、女がこの戦争に勝って女だけの世界になったとしても、もめ事は残るのじゃ」


 サーチはハッとして目を閉じる。


「人間はアンドロイドと違って初めから男と女の二種類の人間で構成されている。女だけの世界といっても、それは男がいない世界という意味しかないのじゃ。初めから、人間が単一の性で自己増殖しているとしたら、もめ事どころか戦争なんかもなかったかも知れんのじゃが、人間はもちろん、原始的な生物以外は子孫を残すためにすべてふたつの性を持っておるのじゃ」


 住職が目を閉じる。


「生命は繁栄を求めてふたつの性を駆使して子孫を増やす。それを進化と呼べば格好はいいが、


[360]

 


それは単なる争いの進化、いや残虐への迷路に突き進む行進じゃ」


 住職の言葉に誰もが大きくうなずいて悲しみを抱くだけで意見を述べる者はいない。それを察知したのか、住職が話題を変える。


「アンドロイドは共通の目的を持っていると思うのじゃが……」


 住職はRv26に同意を求める。


「共通ノ目的」


 Rv26が住職の言葉の一部を取り出して復唱する。


「将来、人口ガ増エタトキニ備エテ居住可能ナ星ヲ造ルコトデス」


 すぐさまホーリーが反論する。


「それは俺達がアンドロイドに与えた命令だ」


「しかし、重要な目標じゃ」


「どういう意味ですか?」


「当たり前だと思うかも知れんが、重要なことじゃ。つまりアンドロイドは人間を敵視していないということじゃ」


 サーチがすぐに肯定する。


「それはそうだわ。でも……」


 しかし、ホーリーもサーチもRv26というかアンドロイドが時空間バリアーで人間を殺し


[361]

 


たことにこだわる。もちろんそれは誤解だが。


 瞬示がRv26の言葉の意味を吟味しながら発言する。


「現実には人間の人口が減少しているのに、増加したときに備えているということは……」


 反射的に真美が明るく応える。


「将来、増える!」


 瞬示が大きな声を出す。


「住職!そうでしょ?」


「そうじゃ!」


「バカな!」


 ホーリーが一蹴するとサーチが続ける。


「アンドロイドに予知能力があるなんて信じられないわ」


「命令デモ予知能力デモアリマセン」


 Rv26の耳の赤い点滅が激しくなる。
「ワレワレハ人口ガ増エルカラ星ヲ改造スルノデス」


――生命永遠保持手術を受けても確かに男には生殖能力が残されている。女に受胎能力が回復すれば男と女がいる限り、いつかは再び子供が生まれ、人口が確実に増える世界がくる。


 ホーリーはそう思うとRv26の言葉を一蹴したことを後悔する。


[362]

 


 『人口』と言う言葉の『人』という文字を文字どおり人間だと誰もが思って疑わない。アンドロイドの言う『人口』というのは人間の数のことなのか?それともアンドロイドの数のことなのか?


 ホーリーが自分でもびっくりするような重大なことに気付く。


――性別がない生物、例えばウイルス。そうだ!ウイルスは自己増殖して人類を破滅させるほどの脅威を持っている


 ホーリーの思考が飛躍する。


 ――性別を持たないアンドロイドは増産に増産を重ねて人間を滅ぼすかもしれない

 

 ここでホーリーはこの考えが自分のオリジナルでないことに気付く。


――誰だっけ!こんなことを俺に言ったヤツがいた。いったい誰だった?


[363]

 

 

[364]