第十五章から前章(第十八章)までのあらすじ
瞬示達は時間島で羅生門から前線第四コロニーに時空間移動するとアンドロイドRv26の出迎えを受ける。その直後に男の追跡隊が上空に現れるが時空間バリアーに阻止され全滅する。
瞬示と真美はRv26から生命永遠保持手術を受けた者が時間島に入ると手術の効果が消滅することを聞きだす。その後、男と女の軍隊の時空間移動装置が時空間バリアーで防ぎきれないほどの衝突を繰り返す。時間島が膨張すると前線第四コロニーを包み、星ごと未来の地球の近辺に時空間移動する。
瞬示と真美は地球と月が同時に昇る感動的な光景を目の当たりにして以前ふたつの月を仰ぎ見たことを思い出す。ふたりはイメージどおり空間移動して山門のある小径から上空に飛び上がる。空には太陽をはさんで半月がふたつ見える。ふたりは以前と同じように洞窟に入って外界に出るが目の前には摩周クレーターが広がっていた。その中央に黄色い水で満たされた丸い池に巨大土偶が仰向けで浮いていた。その巨大土偶から例の黙示的な言葉が届く。
【時】永久0255年
【空】月の生命永遠保持機構の本部
[402]
【人】瞬示 真美 ホーリー サーチ 住職 ケンタ 忍者 Rv26
***
瞬示と真美が地球に到着してから一時間ほどたったころ、前線第四コロニーの工場の会議室ではRv26が調査船からの報告をホーリー達に伝えている。
「今ノトコロ月ニハ人間ノ生体反応ハアリマセン」
すぐさま驚きの声があがる。会議室の天井いっぱいに巨大な浮遊透過スクリーンが現れると月面の生命永遠保持機構本部の黒い建物が映しだされる。住職、ケンタ、忍者はそのスクリーンの大きさに圧倒されるが、それ以上にリアルな三次元の映像に仰天する。
「誰もいないなんて」
一番前でホーリーと並んで座っているサーチが取り乱す。生命永遠保持機構の様子が次々と浮遊透過スクリーンに展開する。
「確かに人の気配はない」
「地球も月も私達が制圧したのに」
男と女の戦いはどちらかというと女の軍隊の方が有利に展開していた。
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「地球ニモ人間ノ生体反応ガ今ノトコロアリマセンガ、報告ノ内容ガマダ推測ノ域ヲ出テイマセン」
突然、浮遊透過スクリーンに荒れた部屋が映しだされる。サーチが即座に反応する。
「手術室?いえ、違う。Rv26、この部屋は?」
「生命永遠保持機構本部内ノ一室デス」
「だから、どこの部屋なの?」
サーチがいらだつ。
「不明デス」
「すぐ生命永遠保持機構へ移動してください」
Rv26の耳が赤く点滅し始める。一方、サーチの後方でお松を囲んで忍者達が何か相談をしている。どうやらその相談がまとまったようだ。お松が立ち上がると丁寧に頭を下げる。
「私たちも月の生命永遠保持機構本部への同行をお願いします」
黄金城から月の生命永遠保持機構に時空間移動したお松にとって、さらにほかの忍者にとっても仲間が命を落とした生命永遠保持機構の本部は是非とも見届けたい場所だ。忍者が席をはずすと次々と片ひざをついてRv26にひれ伏す。
耳の点滅が消えたRv26があっさりとサーチや忍者の要望に応じる。
「ワカリマシタ。月トハアマリ離レテイマセンガ時空間移動船デ空間移動シマス」
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「時空間移動船!」
ホーリーが驚いてRv26に詰めよる。
「装置ではなく船か?」
「今ノ質問ノ答エハ少シ待ッテクダサイ」
Rv26の両耳が再び光りはじめる。
「調査船カラノ報告デハ、生命永遠保持機構本部ハ人間ガ行動デキル状態デハアリマセン」
「シェルターが損傷しているのか?」
すかさずホーリーが問う。
「イイエ、温度ノ調節機能ト酸素ノ供給機能ガ停止シテイマス」
「宇宙服が必要ね」
サーチが少し落ち着きを取り戻す。
「人間ガイナイノデ機能ガ停止シテイルヨウデス」
「人間がいない……」
サーチの声がしぼむ。その気持ちを察してホーリーが尋ねる。
「復旧にはどれぐらいの時間が必要なんだ」
「スデニ復旧準備作業ニ取リカカッテイマス。一時間以内ニ機能ガ回復シマス」
ホーリーはRv26のいつもながらの手際の良さに感心する。
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「先ホドノ質問デスガ装置デハナク船デス」
ホーリーが驚いてサーチに顔を向ける。
「俺達よりかなり進んだ科学力を持っているぞ!」
「時空間バリアーといい、時空間移動船といい……」
サーチの落胆の表情が驚きに満ちた表情に変化する。
「何人、乗船できるの?」
「色々ナ種類ガアリマス」
「!」
ホーリーとサーチが顔を見合わせる。
「一番大きな船では?」
「五万人デス」
「五万!」
驚き放しのホーリーとサーチがとどめを刺されたように目を閉じる。
「時空間移動装置はたったの五人よ」
「時間島ト比ベレバ、タイシタコトハアリマセン」
Rv26が事もなげに言う。確かに時間島なら星ひとつを簡単に移動させることができる。ホーリーとサーチがそろって頭を抱えこむ。ふたりの言葉が途切れたとき住職の声がする。
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「わしも月へ、お願いしたいのじゃが」
「ワカリマシタ」
住職の横のケンタもRv26に向かって手を挙げる。
「オレも連れて行って欲しい」
Rv26がふたりにうなずくと全員を見渡す。
「部下のEX4ガ同行シマス」
ケンタがホーリーの肩越しに心配そうな声をかける。
「瞬示さん達は?」
サーチが横向き加減でホーリーにかわって応える。
「あのふたりは自由だわ」
「必要ならすぐに追いかけてくるさ」
すかさずホーリーも追従する。近ごろホーリーとサーチはいつも一緒だ。そんなふたりの前に、突然うつろな眼差しの瞬示と真美が現れる。Rv26以外の全員が驚く。
「今、うわさしていたのよ」
サーチの言葉に瞬示と真美が夢から覚めたように目をこする。
「どうしたの!何があった?」
ホーリーがふたりの様子がおかしいのに気付くが、返事がないので仕方なく今後の展開を伝
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える。
「実はRv26から時空間移動船を借りて月へ行くことになった」
ふたりはボンヤリとあらぬ方角に目を向けて、まず瞬示が「摩周クレーター」と言いかけると、真美がフーッと息をつく。真美の額には前髪が張りついている。ホーリーもサーチもふたりがびっしょりと汗をかいているのに気付く。
【瞬ちゃん】
【今はまだ話せないなあ】
真美が軽く相づちを打つ。そのとき会議室のドアが開く。
「EX4デス」
Rv26とまったく同じ外観のアンドロイドが名乗りながらRv26の横に並ぶ。胸にはEX4と白い文字が書かれているが、それ以外にRv26との違いはない。
「時空間移動船フロンティア号ノ船長デス。月マデ案内シマス」
Rv26が紹介する。
「えーと月へ行くんだったけ」
瞬示が少し間の抜けたような声を出す。
「それより摩周クレーターで何があったんだ」
ホーリーが瞬示と真美に近づく。もちろんサーチも続く。
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「いや、今は」
瞬示が再び言葉を切ると真美が目を見開いて瞬示の肩を叩く。
【月へ行けということなのかしら!】
【意志とは関係なしにここへ瞬間移動させられたということは……】
【これから起こることに何か重要な意味があるとでも言いたかったから、わたしたちをここへ強制的に戻したんだわ!】
ホーリーはもちろんのこと全員、瞬示と真美をじっと見つめる。ホーリーはふたりが信号で話しあう内容を想像しようとするがすぐにあきらめる。そのとき真美が声を出す。
「わたし、気が進まないわ」
真美は月の生命永遠保持機構の手術室での出来事を思い出す。あの手術室でまた何かが起ころうとしているのかという真美のそんな予感を瞬示が共有する。
【みんなといっしょに行動しよう】
しぶるような仕草をする真美を無視して瞬示がRv26に向かって軽く頭を下げる。
「いっしょにお願いします」
そしてホーリーとサーチの熱い視線を避けるように頭を下げる。
「摩周クレーターで見たこと、いずれお話しますから……」
ホーリーとサーチが不満そうな表情をふたりに向ける。真美はそんな雰囲気を打ち消そうと
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急に笑顔をつくってEX4に近づく。
「いつも自前で移動しているから、たまには船長付きの宇宙船で移動するのも悪くはないわ」
真美がEX4ににこやかに敬礼をする。
「お願いしまーす」
***
EX4が運転する大型エアカーの中でホーリーが窓際のサーチに話しかける。
「時空間移動船はどこに格納されているんだろう?」
「いつの間にそんな船を製造したのかしら?」
サーチは傾げた頭をそのまま窓ガラスにくっつける。
「多数の人間と大量の貨物を移動させるためだと、Rv26は言っていた」
「彼らは人間の奉仕者であることを永遠に放棄しないのかしら」
「しかし、彼らの科学力はすごい」
「敵ではなく奉仕者のままで良かったわ」
一方、それまでと打って変わって真美はすこぶる機嫌がいい。
「エアカーに乗れるなんて」
「瞬間移動するより、こうやって景色を見ながら移動する方がいいなあ」
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瞬示も車窓の景色を楽しむ。真美はおでこを窓ガラスにくっつけて明るい声を出す。
「あの岩、人間の顔に見えない?」
景色といっても無愛想な岩だらけの風景しか見えない。一方、同じように窓にくっつけていた頭をホーリーに向けてサーチが小さな声を出す。
「瞬示と真美は未来の摩周クレーターで何を見たのかしら」
やがてエアカーが大きな岩穴の前で停止するとゆっくりとトンネルに進入する。トンネルはしばらくすると行き止まりとなり、真下へ向かう縦穴に変わる。エアカーが停止してそのままの姿勢で垂直に降りていく。真っ暗で何も見えないが、瞬示と真美は通路の壁に取りつけられたおびただしい数のパイプに気付く。
再び横穴に入る。しばらくすると先の方が明るくなる。横穴のトンネルを出るとそこは巨大な格納室だ。
調査船と同じ銀色の様々な戦艦やフリゲートが並んでいる。しかし、先ほどRv26が言っていた大型の時空間移動船は見あたらない。ホーリーもサーチも時空間移動船というのは、時空間移動できる性能を持つ限りその形状は球体で、しかも多数の人間が乗りこめるとなるとかなり巨大な球形だと想像する。
「どこに時空間移動船があるんだ?」
サーチがホーリーの疑問に共感しながら無言で前方を指差す。
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「あれだわ!」
サーチが指差したフリゲートの横に「Frontier」と船体に書かれたフリゲートと同じ大きさの宇宙船が並んでいる。
「船の形をしている!」
「球形じゃないわ」
時空間移動船フロンティア号の中央部横でエアカーが停止する。ホーリーとサーチがエアカーから降りるとすぐにEX4にくってかかる。
「EX4!まさかこれが時空間移動船だと言うんじゃないだろうな」
「コノ格納室ニアル宇宙船ハスベテガ時空間移動船デス」
「回転体じゃないわ。こんなものが本当に時空間移動できるの?」
サーチもホーリーも合点がいかない。ふたりの常識では時空間移動装置は球形に限られるはずで、そのため大型化できないことになっている。ここにある時空間移動船は通常航海型の宇宙船と変わらない形をしている。光速の十%ぐらいの速度は出せても、時間はもちろんのこと空間移動さえ無理だろうとホーリーやサーチが疑いの眼差しをEX4に向ける。
そのEX4が先に時空間移動船フロンティア号に乗りこむ。ホーリーとサーチは興味津々でEX4のすぐ後ろについて船内に入る。EX4は全員が船内に入ったのを確認すると案内を続ける。
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「コチラヘ」
ホーリーとサーチは自分たちの軍隊の宇宙船とどこが違うのかを注意深く観察しながらEX4のあとを距離を置かずに歩く。ほかの者は全員、初めて見る時空間移動船の内部をただ驚きながらホーリーとサーチのあとをウロウロとついていく。
やがてEX4が立ち止まると目の前の金属製のドアが横にスライドする。中には人間がちょうど収まる黄色いカプセルが五十器ほど並んでいる。
EX4の手招きにしたがって全員が部屋の中に入る。
「コノイエローボックスノ中ニ入ッテクダサイ」
EX4が透明のふたが開いているイエローボックスを指差す。
「瞬示サント真美サンハコチラノ座席ニ座ッテ、ベルトデ身体ヲ固定シテクダサイ」
真美がエアカーの運転席のような座席を眺めて納得する。すでに瞬示はベルトで身体を固定している。真美も腰を下ろしてベルトに手をつける。
瞬示と真美を除く全員がイエローボックスに入る。自動的にふたが閉まるとすぐに上と下から黄色い気体が瞬間的に充満する。全員、気絶したように動かなくなる。
【大丈夫かしら】
【あの黄色いものはいったい……】
ふたりの心配や疑問をよそにEX4の耳が光ると声を出す。
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「準備完了」
EX4が部屋から出てドアをロックすると瞬示が真美に信号を送る。
【時間島の黄色い成分とは違うような気がする】
巨大な格納室の天井部分が大きく開くと銀色のフロンティア号がゆっくりと上昇する。
瞬示がベルトを外すとケンタのイエローボックスに近づく。真美もベルトを外す。半透明の黄色い気体が充満するイエローボックスで眠るケンタの顔がボヤーッと見える。
【瞬ちゃん、なぜ、わたしたちだけ特別扱いにしたのかしら】
【ぼくも気になっていた。なぜぼくらが普通の人間でないとアンドロイドが知っているのか、ふしぎだ】
【アンドロイドじゃなくて、中央コンピュータでしょ。指示しているのは】
瞬示はうなずくがそのまま黙る。フロンティア号が開口した天井を出ると上昇速度を加速させる。前線第四コロニーから数キロメートル上空に達したときフロンティア号が輝く。その数秒後、船内は一瞬激しく揺れるがすぐその揺れが止まる。
「きゃあ!」
瞬示に近づこうとした真美が床に尻もちをつく。そんな真美を無視して瞬示はイエローボックスにしがみつく。そのイエローボックスでは半透明の黄色い気体が上と下の穴に急速に吸いこまれる。そして、ドアロックが解除されてEX4が入ってくる。
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「真美サン、大丈夫デスカ」
EX4が床の上で髪を振り乱して倒れている真美に声をかける。真美は乱れた髪の毛をかきあげて照れ笑いする。イエローボックスのふたが開くと全員寝ぼけたような表情をする。
「月ニ到着シマシタ」
ホーリーがハッとして我に返る。
***
生命永遠保持機構の正面玄関前に時空間移動船フロンティア号が横付けされるが誰も出てこない。建物自体に損傷はない。それどころか今にも誰かが出てきそうな雰囲気がする。玄関前には一体のアンドロイドが仰向けに倒れている。Rv26やEX4と比べ体型が小柄な、人間と比べても大きいとはいえないアンドロイドだ。胸には白い文字でBS3と書かれている。
フロンティア号の船底から戦車が二台現れる。Rv26がわずか十数人の人間を月へ移動させるために時空間移動装置を使わずに時空間移動船を使用した理由は、この戦車を運ぶためだった。それだけではない。調査船では観測しきれなかったことを精密に調査するのと、万が一、不穏な状況に遭遇したときの用心のためでもあった。
EX4が二〇人ほどのアンドロイドをしたがえて生命永遠保持機構本部の玄関に向かう。そして背中にNr266と書かれた小柄なアンドロイドに指示する。
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「BS3ヲ回収シテ記憶装置ヲ解析シテクレ」
Nr266がBS3を担ぎあげるとフロンティア号に向かう。一方、月面に降りたアンドロイドは太くて短いレーザーショットガンを携帯して玄関から内部に侵入するが警報は鳴らない。
フロンティア号の船内のスピーカーにEX4の声が届く。
「下船シテクダサイ」
船底からホーリーとサーチを先頭に全員が姿を現す。
「本当に空間移動しているわ!」
サーチが生命永遠保持機構本部の黒い建物を懐かしそうに眺める。EX4が玄関から出てきたのに気付くことなく、住職がしげしげと建物を見上げる。
「テレビで見たことはあるが、これがそうなんじゃ」
戦車と十人ばかりのアンドロイドが隣の豊臣時空間移動工業の建物に移動する。そしてお松が忍者とともに建物に入ると「警備管理室」と書かれたドアの前で立ち止まって感慨深げにその文字を眺める。その横でサーチがEX4に確認する。
「本当に誰もいないの?」
「生体反応ガアリマセン」
EX4が短く応えるとすぐ付け加える。
「今カナリ損傷ヲ受ケタ場所ヲ発見シタトイウ報告ヲ受ケマシタ。現在調査中デス」
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「どこ!」
「詳シイ情報ガ入リ次第報告シマス」
サーチは仕方なくうなずく。
「お松はどこを見たいんだ?」
瞬示が声をかける。
「ただ、ここに来たかっただけ」
お松は戸惑いながら瞬示を見つめる。それじゃと言わんばかりに瞬示がEX4に要求する。
「理事長室を見たい」
「場所ヲ確認シマス」
EX4が一瞬耳を輝かせてからくるりと背を向けて歩きだすとサーチがその背中にあきれた表情を向ける。
「理事長室なら、私に聞けばいいのに」
「理事長は女?」
瞬示がサーチに尋ねる。
「もちろん、理事長以外も全員女です」
「ぼくらがここにきたとき……」
瞬示が言い直す。
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「忍者がここへやって来たとき、警備員はすべて男だった」
「私が羅生門にいたころね」(永久0070年)
サーチが確認する。
「あのころは女と男の関係はまだ悪くなかった。でも、それから三十年後、女と男の関係が最高に緊張したわ」
真美が割りこむ。
「キャミという副理事長がいたわ」
「そのころの副理事長は、将軍キャミだわ」
サーチが真美に応える。
「じゃあ、そのころの理事長は?」
瞬示の求めにサーチが記憶をたどる。
「そのころは徳川」
「総合医療法人徳川会の会長?」
「そう。総合医療法人徳川会は生命永遠保持機構の前身の組織よ」
サーチの説明を無視して真美が瞬示の足元に視線を落とす。
「あのとき身体が軽かったわ」
「そう言えば、今は普通に歩いている」
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シェルター内の重力が以前と違う。
「そう言えば」
サーチも瞬示と同じ言葉を口にする。
「いつだったか忘れたけれど、重力制御装置を改良したわ」
「理事長室ヘ案内シマス」
EX4が中央階段を上りながら声をかける。二階に着くと中央廊下をEX4の先導で全員がついていく。サーチはEX4が本当に理事長室に案内してくれるのかと興味深くついていく。やがて理事長室のドアが見える。EX4は理事長室のドアの前でサーチに顔を向ける。
「ココノ重力ハ、サーチサンノオッシャルトオリ地球ト同ジ状態ニ調整サレテイマス」
EX4はサーチに背中を向けてドアの前に立つ。ドアが横にスライドして開く。サーチはEX4が理事長室のドアを簡単に開けたのを見て驚きながら横にいるホーリーにささやく。
「なぜ、アンドロイドは理事長室の場所を知っているのかしら。それに理事長の生体認証がないとドアは開かないのに、まるで魔法をかけたように簡単に開いたわ」
「何かおかしい」
「ひょっとして、前線第四コロニーの中央コンピュータにデータがあるのかしら」
サーチが返事を待たずに勝手に納得する。
理事長室は広くて立派な部屋だ。サーチが一歩踏みこむと、封印された古い記憶が勝手にわ
[419]
き上がってサーチを支配する。
「私達、女がなぜ男と戦うようになったのか、話すときが来たようだわ」
[420]
***
理事長室は何ひとつ乱れていない。部屋の中央には二十人程度の人間が余裕を持って座る長い立派なテーブルが鎮座している。徳川は幹部を呼んでここで会議をしていたのだろう。
「随分昔のことだけど、ここはセクハラとパワハラに満ちた異常な世界だったわ」
サーチがテーブルのちょうど真ん中の椅子に腰かける。ホーリーはサーチの横には座らず真向かいに座る。それを見た真美がサーチの横にそして瞬示がホーリーの横に座る。女の忍者はサーチ側にそして男の忍者とケンタがホーリー側に座る。
「男対女の討論会になりそうじゃ」
住職が苦笑いしながらホーリー側に座る。男と女が向かいあう形となる。EX4はドアの横に立って時々耳を赤く光らせる。サーチがフーッと息を吐きだすとおもむろに切りだす。
「私はこの生命永遠保持機構本部の手術室長をしていました」
「いつ?」
真美が横にいるサーチに静かに尋ねる。
「永久0070年から0100年まで。手術室長を退任したのは、いえ手術室長という役職が意味を失ったのは永久という年号の第一世紀の最後の年だったわ」
「月に忍者が現れたのが永久0070年だから、その三十年後の話か」
「わたしたち、サーチが手術室長に着任した年にここへ来たのね」
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瞬示と真美が感慨深げにうなずく。
「副理事長に就任する前のキャミは手術室長で、私はキャミの後任でした。キャミは生命永遠保持手術に関しては最高の医者でした。次々と新しい手術方法を開発して第一人者にのし上がりました。そのころの理事長徳川にとってキャミは頼もしい存在であると同時にキャミは徳川の女でした。当時の徳川は自他共に認める人類の未来を握る最高権力者、いえ、独裁者と言った方がふさわしいかも知れません」
サーチは「独裁者」という言葉をことさら強調した。
「地球連邦政府の大統領ですら徳川の前ではイエスマンでした。生命永遠保持手術を受けたといっても定期的に検診が必要です。徳川が首を横に振れば大統領といえども検診を受けることはできなかった」
ホーリーが相づちを打つ。
「キャミは出世のために徳川に絶対的な忠誠心で仕えました。一介の医師から生命永遠保持機構本部の医師となり、手術室長を経ていきなりナンバー2の副理事長に出世しました。キャミだけではなく誰もが徳川に気に入られるかどうかがすべてでした」
サーチが言葉を切って一息つくと、それまでの口調の勢いを自ら制御する。
「私は決してキャミの行動を否定しているのではありません。なぜなら、キャミは徳川の屈辱的な処遇に耐えることによって、将来の夢を実行しようとしていたからです。キャミの行為は
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女を守る戦術だったのです」
サーチがいったんテーブルに視線を落とすが、すぐにきりっとした表情で全員を見渡す。
「徳川がそんな男ですから徳川の取りまきの男は女医やスタッフの女性を自分たちの好きなようにしました。すべての人間が生命永遠保持手術を受けてしまえば検査と事後処置だけで暇になります。暇になればなるほどセクハラが横行するのです。逆らうことは許されません。もちろん出世の問題もあります。複数の男から求められるのを避けるためにひとりの男に寄りそうようにして身を守らざる得ないような最悪の状況でした……」
涙があふれるが語調が落ちないサーチの一言一言に真美が驚きながらも同情の念を強く抱く。
「……永遠の命を持つと子供をつくる必要がなくなるのが原因です。生命永遠保持手術を受けた女は出産能力が消滅しますが、男は変わりません。女にとって男の要求に応えるのは苦痛で耐えられなくなりました。でも男は変わらない……」
ここでサーチは再び一呼吸置いて唇をかみしめる。その唇に血袋が浮かぶ。
「永久0100年のある日、私は副理事長室に呼ばれてキャミからクーデターを起こすことを打ち明けられました。一瞬信じられませんでしたが、すぐさま同意しました」
女達は三十年も我慢したが、ついに限界を超えた。
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