第六章 巨大土偶


第一章から前章(第五章)までのあらすじ


 西暦の世界の摩周湖でのふしぎな出来事で完成第十二コロニーに移動した瞬示と真美は男と女の戦闘に巻き込まれる。次に移動した先は永久の世界の摩周湖から少し離れた海辺のケンタと老婆が経営する民宿だった。そこで摩周湖が陥没して摩周クレーターができたことを知る。

 

 ふたりは食堂のテレビで生命永遠保持手術が開発されたニュースを見て驚く。この世界がふたりの世界でないことに落胆して海辺に向かう。老婆の仕組んだ毒物で真美が倒れると波打ち際から黄色い球体がせりあがってふたりを包みこむ。


【時】永久0012年8月(前章より二か月後)
【空】御陵
【人】瞬示真美


***

 黄色い球体の中はぼやけたようにしか見えないが、瞬示が真美をしっかりと抱いたまま意識


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を失う。衣服が溶けるように消えるとふたりはゆっくりと離れる。


 真美の裸身からは黒い液体がしみ出ている。それは分子破壊粒子と呼ばれる毒物で有機体の分子を内部から破壊する。


 みそ汁とそのあと飲んだ水にこの恐ろしい分子破壊粒子が老婆によって仕込まれた。連続して分子破壊粒子をもられた真美は衰弱しているが、その粒子と格闘するかのように身体を小刻みにふるわせる。一方、瞬示は口をポカーンと開けて眠っている。


 ほんの数分後に真美の身体から黒い液体の流出が完全に止まる。この黄色い球体の中では回復力が通常の何百も何千倍にもなる。すぐに何事もなかったように真美も瞬示と同じように気持ちよい眠りに落ちる。そしてふたりの身体は重なってひとつになる。


 しばらくすると一心同体の身体から強烈な信号を黄色い球体そのものに発する。


【元の世界に!】


***

 あの球体からいつ抜けだしたのか、そして体がいつ分離したのか不明だが、今ふたりはうっそうとした森の中でうなされながら仰向けに並んでいる。


「わたしたちを元の世界に帰して」


「ぼくらを元の世界に」


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 先に瞬示が目を覚ますとまわりの草木を探る。森の中にいることを自覚すると隣の真美に顔を近づける。息をしているのを確かめてから、「マミ」【マミ】と、肉声と信号で呼びかける。


 真美が薄目を開けるとハッとして上体を起こす。もがき苦しんでいたことを思い出すが体調は悪くない。


「大丈夫か?」


 急に真美が立ち上がって右手で拳をつくって力強く細い腕を真上に挙げる。瞬示はそんな真美のおどけた仕草に思わず笑う。


「何のマネだ?」


「元気いっぱいのポーズよ」


 今度はキョトンとしてまわりを観察する。


「ここは?」


「森の中らしい」


「そんなこと、わかってるわ」


瞬示はやれやれという表情をしながら立ち上がる。地面を見ると足の踏み場もないジャングルのような森の中で、よくもふたりが隣り合わせで横たわるだけのスペースがあったものだと感心する。そして、薄暗いのに真美の顔が苦もなく普通に見えるのをふしぎに思う。


「ケンタは?」


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 真美はいまわしいことをすっと消し去ってケンタのことを心配する。


【ねえ】


 真美が信号を送る。瞬示は何も応えずに先ほどまでいた黄色い物体のことを思い出して首をひねる。


【瞬ちゃん!】


真美の強力な信号が瞬示の頭の中で爆発する。


【なんだい!】

【良かった!心と心でしゃべれる】


 真美は普通の人間に戻っていないことを素直に喜ぶ。そして瞬示が何かを考えこんでいるのに気付いて黙る。しばらくして瞬示は陽がわずかに差しこんでいる方へ歩きだす。身長よりも高い草木と格闘しながら一歩ずつ慎重に歩く。真美は黙ったまま、あとをついていく。やがてゆるやかな坂となり、水のニオイがする。さらに進むと急な斜面に差しかかる。


 そのとき、何ともいえない低い唸るような音がどこからともなく聞こえてくる。瞬示は草木を払いのけてかがむと地面に耳をつける。確かに地下から聞こえる。弱いが重々しい低い響きが伝わってくる。


 真美も丸いお尻を上げて同じような格好をして地面に耳をつける。あまり気持ちのいい音ではない。ふたりはいつまでも続く音に飽きて立ち上がる。


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【瞬ちゃん、何か話して】
【あの黄色い球体は、いったい何なんだろう】
【球体って?】
【あっ、そうか、マミは気を失っていたんだ】
【何を見たの】


 瞬示は民宿の海辺で黄色い球体に吸いこまれたときのことをまとめて信号で送る。


【そして、気が付いたらここだ】


 真美が肉声で「ふーん」とだけ応える。


「ここはどこなんだろ?とにかく、下りてみるか」


 ふたりは目の前の急斜面を慎重に下りる。前方が徐々に明るくなる。前を歩く瞬示は足元を気にしながら腰を曲げて降りていくが、真美はそのあとをついていくだけなので、視線が自由で瞬示の頭上を見ることができる。


【あれは?】


真美の信号が指し示した木々の間から白い柱が見える。


【鳥居だ】


 ふたりははっきりと鳥居とわかるところにたどり着く。足元がさらに厳しくなって目の前に深緑色の細長い堀が現れる。その対岸には輝くような白い鳥居が立っている。


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「御陵じゃないか!ここは」


 ふたりは自分たちが巨大な古墳にいることを確信する。


「戻ったんだ!」


「北海道から一気に?」


 幼いころふたりはこの古墳の周辺でよく遊んだ。古墳を囲む堀の幅は十メートルほどある。


「どうやって向こうへ渡る?」


 瞬示が思案するのを尻目に真美が軽く叫ぶ。


「簡単よ。飛べばいいんだわ」


「えっ、冗談じゃない!」


【見てて】


 真美は自信たっぷりの信号を送ると飛び上がるような仕草をする。


【よせ!】
【黙ってて!】


 真美が全神経を集中させる。すぐに身体がピンクに輝くとフワッと宙に浮かぶ。いったん目を閉じた瞬示が恐る恐る目を開けると、真美は堀の水面から二、三メートルの高さを保ちながら歩くような速さでゆっくりと移動する。そしてついに鳥居の真下に着地する。


【どう?すごいでしょ!】


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 鳥居の下で真美が瞬示に向かってガッツポーズをとる。追いつめられてではなく、自らをコントロールして真美は移動した。


【カモン】


茶化した信号が瞬示に届く。


 瞬示は口元を引きしめて神経を集中させる。ピンクに輝いた身体全体が神経になったような気分になる。へっぴり腰でとにかく飛びだす。つま先が堀の水にわずかにふれて小さな波紋が広がる。下を見ないように瞬示は何とか宙に浮いてゆらゆらと移動する。そして岸まであと二メートル足らずのところまで近づく。


「わあ!」


 ドボーンという音とともに堀に落ちる。低かった分、沈まずに済んだ。すぐに水面から顔を出すと目の前に岸が見える。真美は瞬示が差し出した手を引っぱって上陸を助ける。


「下手くそ!」


 瞬示が這い上がると真美は手を離して笑い転げる。


「おい!何をしている!」


 堀に落ちた音か、それとも真美の笑い声が原因なのか、鳥居横の御陵の管理事務所からモダンな制服を着た若い男と女が出てくる。御陵の管理官だ。男の管理官が瞬示の濡れネズミのような姿を見て大声をあげる。


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「ここは遊泳禁止だ!」


 ついに真美は腹を抱えて大笑いする。


「暑いですね」


 この瞬示の言葉に真美は笑いを通りこして涙を流す。


「何がおかしいのですか」


 女の管理官が苦虫をかみつぶしたような表情で真美をにらむ。


「だってぇ……」


 真美が眉毛を最大限に下げて言い訳しようとしたとき瞬示が真美の手をとって走りだす。


【逃げろ!】


「こらあ!待て」


 しかし、男の管理官は二、三歩踏みだしただけで、ふたりの異常な逃げ足の速さに呆然として追うのをあきらめる。


 お構いなしにふたりは御陵前の歩道を走り続ける。その姿はまるでイタズラがばれて逃げる子供そのものだ。


 このまま御陵の切れ目の踏切を渡って左に曲がり、線路に沿って一本目の角を右に曲がれば百メートルそこそこのところに自分たちの家があるはずだと、ふたりはわくわくしながらイメージを膨らませる。


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 身体を浮かすコツを話そうと瞬示が走るスピードをゆるめたとき、後ろから風を切って一台の車がふたりを追い抜く。


【エアカーだ!】


 あの民宿で見た雑誌の写真と同じスマートなエアカーが離れていく。ふたりは立ち止まってエアカーを見送る。その先には白いコンクリートの柱と高架軌道が見える。


【踏切がないわ!】

【ぼくらの世界じゃない!】


 高架軌道の上を青と白のツートンカラーのリニアモーターカーが高速で通り過ぎる。


【ここは未来の世界じゃ?】


 もう何台ものエアカーに追い越されたり、向かってくるエアカーに遭遇している。そんなことなど気にもかけずに瞬示が真美に確認する。


【踏切の手前に喫茶店があったはず】


 あるにはあるが、ふたりがよく利用した喫茶店ではない。時計台の屋根を持つ窓の大きい洋館風の喫茶店が建っている。


【違う】


ふたりは喫茶店の横を通りぬけて高架軌道をくぐる。


【違うわ】


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【全然違う】


 街並み自体が記憶とまったく異なる。まるで見知らぬ街に来たような感覚に陥る。とにかく最初の角を右に曲がって自分たちの家があるはずの道路の先を見つめる。両側には三階建ての洋風の建物が並ぶ。


 この道は少し登り坂で三百メートルほどで行き止まりになる。そこにはふたりが卒業した小学校があるはずなのに二十数階建ての巨大な白いビルが建っている。病院のようにも見えるその屋上には大きな看板が見える。


「第五生命永遠保持センター」


【生命永遠保持センターって、テレビで言っていた徳川会の施設かしら】


 瞬示も同じことを考えたが、別の言葉を信号で送る。


【この世界はぼくらの世界じゃない!】


 電信柱が一本もない。そのせいか道幅が広く感じられる。所々に路上駐車しているエアカーが見える。もちろん地上に接している。


 ふたりは周囲をキョロキョロ見ながら歩き続ける。そして自分たちの家があるはずのところにたどり着く。しかし、そこにはまったく違う家がある。表札があるが知らない名前だし、その横の町名表示のプレートを見て驚く。


「御陵町」


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 確かに大きな古墳が点在する街だが、ふたりが住んでいた町の名前は「三国ヶ丘」だった。
 ふたりは登り坂の道を振り返る。何軒かの家の屋上にエアカーが見える。この世界では屋上が駐車場だ。その視線の上空には不気味な黒い雲が広がっている。季節は真夏だ。


「暑い!蒸し暑い」


 ふたりは急に暑さを感じて上着を脱ぐと腕をまくる。すぐ夕立になりそうだ。遠くで雷が鳴っている。喫茶店の時計台がちょうど三時を示している。


 ふたりは来た道を戻りだすと、急に真美が瞬示の手を取る。


「年寄りや子供がいないわ」


 真美は「ほら」という表情をしながら前から来る人をアゴで示す。三人ずれの若い男と少し離れて同じくひとりの若い女が歩いている。その女が傘を広げる。


 真美の言うとおり、御陵からここまで百人ぐらいの人とすれ違ったが、子供や老人は確実にいなかった。それどころか、すべて若者だ。御陵の管理官も若かった。


「でも、あの民宿には老婆がいた」


 瞬示がすぐに自分の言葉を訂正する。


「老婆じゃなくて若い女だった」


 真美には瞬示の言葉が理解できない。真美が老婆のことを尋ねようとしたとき、かなり近いところで鋭い閃光と大きな雷鳴が響く。


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「すぐ土砂降りになるぞ。どこか……あの喫茶店に行こう」


「お金ないわよ」


 冷たい真美の言葉に瞬示が小銭入れを出すと中身を確かめる。


「ひとり分はある。ずぶぬれになるよりはましさ」


 真美が瞬示の言葉に強く反応する。


「瞬ちゃん!乾いている!」


 瞬示は手にした上着と髪の毛に手をやる。御陵の堀に落ちてずぶぬれになったはずなのに完全に乾いている。


 雨粒が大きくなる。再び服が水を吸いこむ。


***

 滝のような雨を振りきって大きな窓の喫茶店の玄関に立つ。ドアを開けると眩しいほどの明るい照明と若いウエイトレスの明るい声がふたりを出迎える。


「いらっしゃいませ!」


 店内の天井は高く、その天井から吊るされたシャンデリアがキラキラと輝いている。真美が入り口横に置かれた週刊誌を、瞬示が新聞を手に取って大きな窓際の席につく。マスターはもちろんのことまばらな客もみんな若い。先ほどのウエイトレスが氷入りの水と冷やしたおしぼ


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りを丁寧にふたりの前に置く。


「アイスコーヒー、ひとつだけ」


「えっ?」


「わたしはこの水だけ。ごめんなさいね」


 ウエイトレスがチラッと横目で窓際の真美を見る。


「うっかり財布を忘れてきて小銭しか持っていないんだ。ひとり分じゃダメ?」


 横なぐりの大粒の雨が大きな窓ガラスを激しく叩く。


「わかりました」


 ウエイトレスが雨音を気にしながら、ふたりの奇妙な注文を復唱する。しかし、窓ガラスを叩く雨の音でその声は聞こえない。にこっとした笑顔からわがままが受けいれられたと勝手に解釈する。


「ストローは二本ください」


 真美が少し大きめの声でわがままを追加する。


「ハーイ」


 今度ははっきりと聞こえた。そのとき窓が真っ白に輝くと大音響が店内を揺さぶる。この喫茶店の時計台に雷が落ちた!大きな窓ガラスが大きな音をたてて砕ける。とっさに瞬示は真美におおいかぶさる。


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「キャー」


 客はもちろんのこと、ウエイトレスも絶叫する。店内の照明がすべて消えて、あちらこちらで青白い光がスパークするとバチバチと音をたてながら不気味に輝く。


 大きく揺れるシャンデリアが次々と落下する。悲鳴の大合唱のなかで瞬示が真美の手を引っぱって割れた窓から道路へ飛びだす。


 再び耳をつんざくような雷の音がする。今度は御陵に落ちたようだ。御陵全体が青白く光る。続けざまに御陵の真上で閃光が空間を引き裂くと同時に大音響が地面を叩く。


「怖い!」


 ザーと砂がまかれるような音とともに、夏特有の大粒で生ぬるい雨がありとあらゆるところを突きさす。付近は真夜中のように暗いが、稲妻の閃光で一瞬浮かびあがる御陵にふたりは何とも言えない恐怖感を感じる。


 気合いを入れて瞬示が雨をものともせずに顔を上げて御陵に視線を合わせる。しかし、目に雨が飛びこんできてよく見えない。やがて御陵全体がボーッと黄色に輝きはじめる。


 強烈な地響きのあとアスファルト舗装の道路に何本もの亀裂が走る。


「地震?」


 亀裂から青白い光がバチバチと音をたてながら地面を這いまわる。

 

「行くぞ!」


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 瞬示が御陵向かいの公園の入り口横の公衆トイレを指して、もう片一方の手で真美の手をつかむと乱暴に引きずる。真美は必死についていくが大きな悲鳴をあげる。瞬示の後頭部や背中に無数のガラスの破片が突き刺さっているのだ。瞬示は構わず真美の手がちぎれそうになるぐらい強引に引っぱって走り続ける。公衆トイレに着くとガラス片がゆっくりと瞬示の身体から吐きだされる。


「瞬ちゃん!」


 心配そうに真美が瞬示の背中を見つめる。瞬示も自分の身体の異変に気が付いて驚く。


「大丈夫みたい」


 腕に刺さったガラス片が絶え間なく押し出されて床に落ちる。出血はない。雨の音と亀裂が走る音に混じって、足元のコンクリートに落ちるガラス片の音がする。


 相変わらず雨の勢いは衰えない。地面の亀裂は広がるばかりだ。今度は前にも増して大きな地響きがゴーッと唸りだす。突然、これまでのどれよりも大きな青白い稲妻が御陵の一番高いところに大音響を伴って真上から落ちる。そして黄金色の蒸気が立ちのぼると、その中心部から黒くたれ下がった雲に向かって強い光線が突きぬける。


【御陵が!】
【盛り上がってる!】


 ふたりは公衆トイレの壁から顔だけ出して信号で叫びあう。御陵の一番高いところがどんど


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ん盛り上がり、その頂上からふたつの黄色い光が現れる。暗い天空に向かってサーチライトのようにその光が伸びる。御陵が崩れて何か巨大なものが這いだそうとしているように見える。


 巨大なもの、その全体像がふたりの視線に捕らえられる。それは御陵と同じぐらいの大きさのとてつもなく巨大な人型に見える。やがて仰向けだった大きな丸い目を持った巨大な人型が上体を起こす。丸い目から出ている光の進路が真上から斜め上に、そして横から斜め下に変わる。上体を起こしたあとそのまま立ち上がろうとしているのだ。このままでは公衆トイレにその光が当たることになる。ふたりは正体不明の巨大な人型が自分たちを狙っているのではという恐怖感を覚える。


「あれは!土偶じゃ?」


 ふたりは頭のでっかいずんぐりとした、女性の身体を極端に誇張した巨大な人型を目の前にして絶句する。


「遮光器土偶!教科書で見たことがある」


 瞬示が日本史の教科書で見た写真の記憶と目の前の巨大な人型を突きあわせる。確かに似ていると思うがそれ以上の思考は続かない。真美は無意識のうちに瞬示の思考を共有する。その巨大な土偶の上を黒い雲が氾濫しそうな大河のように流れている。

 

 瞬示と真美がピンクに輝きだすとすぐに真っ赤になる。緊張感が最高潮に達する。


 巨大な土偶の目から出たサーチライトのような黄色い光の柱がふたりに近づく。その光の中


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で、丸い目をおおっているまぶたがゆっくりと開く。ふたりには目の中に目があるように見える。巨大土偶の眼光に戦慄を覚える。その両目の間に黒光りしたホクロのような丸いものが現れると、巨大土偶の両目の輝きがそれまでの何十倍も強くなる。


 その強力な光が届くほんの少し前にふたりは公衆トイレから上空にジャンプする。巨大土偶からの鋭い黄色の光線を受けて公衆トイレが一瞬にして蒸発する。


 ふたりは上昇しながら意識することなくピンクの太い光線を頭部に浴びせる。次の瞬間、巨大土偶の頭が大爆発を起こして細かい茶色のチリになる。すぐさま激しい雨に溶けるように落ちていく。


 ずぶぬれのふたりは自分たちの攻撃に当惑しながら降下する。頭があれば巨大土偶の身長は三百メートルはある。全体の半分近い大きさをしめる頭を失った巨大土偶は立ったまま動かない。


 相変わらず雷が御陵付近で続く。地上ではサイレンの音があちこちで鳴るが、激しい雨音に負けて蚊が鳴くようにしか聞こえない。


 やがてその雨音より大きなヒュウヒュウという奇妙な音が聞こえてくる。水に溶けていたあの茶色のチリが雨に逆らうかのように地上から舞い上がっているのだ。よく見るとそのチリはあちこちで群れをつくって、ゆっくりだが力強く舞い上がって頭のない土偶の首のまわりに集合する。もし雨が降っていなければ瞬間的に集合するのかもしれない。チリの群れが巨大土偶


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の首の上に確実に集合する。


 ふたりはこの不気味な光景に圧倒されて身動きもせずに静観する。


 雨の勢いが少しだけ弱くなる。それを待っていたようにチリの群れは巨大土偶の首の上でひとつの塊になる。そしてそれまでの速度とは比べものにならない速さで元の頭の形になると巨大土偶の首の上に鎮座する。巨大土偶は完全に復活した。


 ふたりはあ然としながらもしっかりと身構えるが、力が入りすぎて震えるだけでとても次の攻撃ができない。巨大土偶の目がうっすらと開くとふたりに鋭い黄色い光線が放たれる。ほぼ同時にふたりは何とかピンクの光線を絞りだす。黄色い光線はふたりの放ったピンクの光線に押されながらも前進する。たまらず瞬示が上に、真美が下に逃れる。ふたりが発射したピンクの光線の残がいが巨大土偶の顔のすぐ横を通過する。


 巨大土偶の黄色い光線も蹴散らされるてその一部が第五生命永遠保持センターの白い建物にたどり着く。しばらくの間センターの建物全体が黄色に輝くが、やがてその輝きが消える。


 巨大土偶が高度を下げた真美に向かって再び光線を放とうとうつむく。


【マミ!】


 真美が巨大土偶の真上にジャンプする。瞬示も同じところに移動する。


 巨大土偶が窮屈そうに首を真上に向ける。ふたりは先ほどの中途半端な体勢からではなく


巨大土偶の真上から意志をひとつに束ねて渾身の力を振り絞って真っ赤な光線を発射する。そ


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の真っ赤な光線は巨大土偶の頭を押さえこむように圧力をかける。巨大土偶の身体は傾いて倒れるのではなく、押しつぶされ、圧縮され、消滅する。それは一瞬の出来事だった。


 雨音しか聞こえない。ふたりは巨大土偶が消滅した御陵の真上から真下を見つめる。巨大土偶の痕跡は何も残っていない。そして巨大土偶が消滅したあとには赤い不気味な穴がパックリと開いている。ふたりに余裕を与える暇もなく穴の中心から赤い竜巻が発生する。


【吸いこまれるぞ!】


 瞬示が素早く真美の手を取って瞬間移動を試みるが、竜巻はさらに成長して簡単にふたりを巻き込む。ふたりは外へ逃れようと身体を赤く輝かせながら抵抗するが中心部に吸いこまれる。そしてその竜巻はそのまま穴の中で消える。ふたりは目をまわすだけで信号も出せずに穴の奥の奥へと落ちる。その穴の底はまったく見えない。まるでブラックホールのように底がない。ふたりはこの穴が無限の広さを持っているような感覚を持つ。しかし、ふしぎなことに恐怖感は消えてすぐに懐かしい感触を覚える。急に目の前に何かが近づいてくる。


【水?】


 やっと瞬示が信号を発する。ふたりは穴の入り口の方向に視線を集中するが何も見えない。やがて生ぬるい水のようなものに囲まれて衣服は溶けて輪郭がぼやける。


【瞬ちゃん】


 真美が弱々しい信号を発する。それは決して苦しい信号ではなく、むしろ快さを感じている


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ような信号だ。瞬示も真美の信号に応えようとするが、快感に負けるかのように信号を止める。


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